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2006年06月20日

●思考の剪定

思考を深くより純粋に行うには「余計なことを考えないことである。」
一見すると相反する行為に見えるが、実は私がメモを頻繁に取る大きな理由は、その物事を忘れないようにするという事より、早く頭の中をサッパリさせるためである。
メモに記録していないうちは、頭の方が忘れないように(それが良いアイディアか下らないアイディアかは別として)意識が働いて少なからず常に念頭にあり、それが別の思考の妨げになってしまうことがある。
それで、頭の中にある考えを一度外部記憶に吐き出すと、頭の方が防忘努力する必要がないという無意識が働いて、綺麗サッパリ、クリアにして次の思考に集中することが出来るのである。
「下手な考え休むに似たり」とは、良く真理を表した格言だと思う。
つまらないことで悶々と悩むより、早く外に吐き出して、スッキリクリアな状態を保ちたい物だ。
思うにいくら理性で、下手な考えと理解していても、頭の方でぬぐいきれないことが多い。
一度、メモという文字の形にして眼で確認すると、頭の方が「あぁこれは下手な考えだ」と初めて理解してくれる気がする。

一説によると眼とは脳味噌の延長にある器官らしい。
脳が外の景色を見たい一心でせり出して一部が眼になったのだという。
メモにアイディアを吐き出して、それを眼で確認して更に思考するということは、あたかも牛が食物を反芻する行為にも似ている気がする。
見て考えて、修正してまた見るという行為は自分の考えをより純化させるプロセスといえるだろう。