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2014年03月19日

●刹那的と普遍的

以前に熱中したゲームを思い出してみた。
Doom Quake TombRaider1、2 Diablo1 Diablo2 Myth
どれも寝不足になるくらい熱中して遊んでいたが、後になって考えてみても残るものはない。

御書を読み解く作業をしていて、意識を集中して時間をかければ書かれている内容をなぞることは可能だと改めて実感した時、上のゲームで遊んでいた刹那的な時間をもしそれらに充てていたならばなどと想像をたくましくすると、普遍的なものにこそ時間を使い、刹那的なものでなるべく時間をつぶさないという意志が必要だと改めて感じた。

これは語学、読書等でも同様だろう。普遍的なものは一見、面倒くさくあまり進歩を実感できるものではないが、未来的に続く価値観を有している。

ただ、刹那的なものほど魅力があり、ついつい時間を消耗してしまうものだけど。

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