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地下鉄のにほい

おそらく私が生まれて初めて乗った地下鉄は丸ノ内線であろう。

後楽園へ遊びへ連れて行ってもらうときに池袋から乗ったのが最初だと思う。

たいがい電車に乗ると靴を脱いで窓向きに座席に座って(膝立ちに窓にしがみついて)外を飽きもせずに眺めていた。

ところが、地下鉄ではいくら目をこらしてもそこには漆黒の闇の中、ほのかに殺風景なコンクリの壁が見えるだけである。

どうせなら豊島園のトワイライトゾーンのように窓の外に見せ物でも設けてくれれば毎日乗る人も楽しめるのにと子供心に考えていた。

当時の丸ノ内線はボディが妖しいくすんだ紅色であった。

この妖しい紅色を見るとなぜかロッテガムの「イブ」 を思い出してしまう。

このガムは香水の香りを楽しむ女性向けのガムで厚紙で作られたゴールドのパッケージにこの紅色で商品名が印刷されたちょっと普通のガムとは一線を隔てたものだった。

価格も普通のロッテガムの1.5倍程度だったろう、ちょっと背伸びしたいときに買ってもらっていた。

たぶん、後楽園に連れて行ってもらえるという「特別」な行事と、この「背伸び」の晴れがましい印象とが記憶の中に妖しい紅色の共通点で結びついているのだろう。

そのせいか、今でもこの妖しい紅色を見ると胸騒ぎに似た感覚をおぼえる。

地下鉄には路線ごとに独特なにほいがあると思う。

有楽町線には有楽町線の丸の内や銀座線にもそれぞれ独特のにほいがある。

地上で走っている路線では全く気にならないのだが、地下鉄だと強く印象づけられるのは、やはり地下だから、にほいに逃げ場がないためであろう。

しかし、路線ごとに固有のにほいがあるのは何故か解らない。

乗る客層の発するにほいが長年にわたって積み重なったものだろうか?

それともその土地の地盤特有のにほいだろうか?

だが、現在では路線ごとの客層でそんなに識別できるほどのにほいはあるとは思えないし、地盤特有とは言っても路線は長く続いていて場所によっては路線が重なっている。

にもかかわらず路線ごとにどの駅で降りても個別のひほいが存在するのである。

これは不思議としか言いようがない。

ちなみに私は銀座線のにほいが一番好きである。

特に世間で言う良い香りではない。金属が混じったような熱気と湿度がこもったような複雑なにほいである。

最近はあまり利用することがないが、今でもたまに乗っても「あぁ、落ち着くなぁ」となんだか馴染みの場所に帰って来たような懐かしい気持ちにさせられる。

この銀座線のにほいも良い思い出と結びつく物の一つなのだろう。

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