散歩にふさわしい格好があると思う。
服装の方は、散歩に赴く場所によってさまざまだが、基本は気候に合った身軽で動きやすいことである。
あちこち行きたいと想像する時には思念の中での行動なので身軽である。ただ現実にはそうはいかない。
色々と煩わしい条件(我が身の重さも含め)が付きまとい、思念上で自由に動き回っていたイメージとあまりに違う現実の事象が積み重なり、挙げ句には徒労だけが残る場合も往々にして起こる。
これをいかにイメージに近い物にできるかが散歩の大事なポイントである。
疲れにくく、動きやすく、軽装に。
荷物は少ないほど良い。できれば身一つで動ければ理想だけど、汗を掻けばそれをぬぐう物、鼻をかむ紙、メモを取りの道具、カメラ、電話等々、条件を想定してゆくにつれ、どうしても荷物は多く重装備になる。
そこを引力にとらわれている現実を勘案して、いかに適切な所にまで持って行けるかが散歩の達人のキモである。
靴は軽いだけでなく、堅い路面からの反発を吸収して身体への負担を軽減してくれる物がよい。
服装は快適さと晴れがましさのバランス。
トレッキング装備などは歩く上でよく考えられた快適な服装であるが、銀座などのおしゃれな街歩きにはいささか不釣り合いで、おしゃれな店に入るにもちょっと躊躇してしまうことがある。
これは晴れがましさというメンタルな問題なので、散歩に赴く場所によって疲れ難さや快適さのみを追求だけでなく周囲からの見た目や環境に適した選択が求められるだろう。
また、記録とその場を愉しむ相反する行為
私たちはそれこそ幼年期の頃から行動することに対して研鑚を求められていたように思う。つまり、学校でどこかへ非日常的な場所へゆけば、後日感想や学んだことの提出を求められる。 そこには研修という考えが付いていて、ぼぉーと遊びに行くだけでは済まないという
その意味でどこかへ行けば記録として写真を撮り、観たことの感想なり学んだことを記録として留めることをしたがるのである。


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