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熊田 千佳慕 展

090824

先日、銀座松屋で開催中の熊田千佳慕展へ行ってきた。
休日は混雑が予想されるので、平日に行くことにした。

とはいえ、今は夏休み中なので、子連れの母親や、時間的拘束を受けないお年寄りで混み合っていた。
日頃の行いが悪いせいか、チケット販売所前で招待券を譲ってくれる方もお居られず、そのまま入場・・・orz

まずは4〜5点ほど昆虫の細密画の後、いきなり絵本のコーナーであった。
その後植物があり、ファーブルシリーズがあり、動物があり、ファンタージという順だった。
全体的に言えることであるが、丁寧に物を観察して一生懸命に紙の白を大事に生かしつつ丁寧に描かれている姿勢がひしひしと伝わってくる。

熊田さんの絵は見る時の距離感が難しい。

あまり近づきすぎると、筆の粗が目立ってしまうし、離れるとせっかくの細部が見えにくい。
だいたい50cm~1mあたりで見るとしみじみと良さが伝わってくる感じである。

なので、近づいた目の前の絵より隣の絵の方が魅力的に見えたりして、次こそは、次こそはの繰り返しだったように思う。
たぶんそれが絵本や図鑑など印刷物の目線なのだろう。

館内で熊田さんの番組のビデオが流されていた。

90歳を超える熊田さんのお住まい兼アトリエが映し出されていたが6畳で布団を畳んで絵を描く場所を確保するといういう非常にささやかな空間だった。

絵の具を見るとホルベインのガッシュと日本画用の陶器の絵皿、同じく陶器の筆洗い、後は面相筆だけである。
以前見た、いわさきちひろさんの道具も水彩絵の具、絵筆、竹の物差し等々、同様に質素な物だった。
今の画学生の方がよっぽど高価な道具を使っているかもしれない。
とかく技術論が飛び交いがちだが、絵を描くのは道具ではなく人であるということを改めて思い知らされる。

本がたくさんあり、敬愛するファーブルの人形があったり 、どうやらタイガーズファンらしいというお茶目な面が垣間見えたり、こういう人は画壇とか協会とか関係なく、黙々と自分の画業を続けてきたのだろうと想像できる。

逆にああいう空間だからこそ、ファーブルシリーズだけで60点以上にものぼる細密画の数々が生み出せたのではないかと思うのである。

私はつねづね多作でなくても、たとえ1枚の絵、1節の音楽、文章や詩その他、何でも、それに触れた者の人生観を換えられるくらいの物がもし出来たとしたら、それはその人にとって有意義な人生だと思っている。

私はたぶん、色々観すぎて、スノッブで鼻持ちならないヤツになっているのだろう。
なので、ひねくれ者の意見と捉えられることを承知であえて正直なことを書かせてもらえれば、絵自体にはあまり感銘も感動もできなかった。

その絵を観て人生観が変わるというような本物のにほいは残念ながら感じられなかった。

細密画と言っても、筆でその物の質感にまで迫ってゆくという感じはしなかったし、画面全体にパンフォーカスで立体感は乏しい。
絵としてみると主題が画面一杯に散漫になっているきらいがあった。
細密にして丁寧、しかし主題の動物の目は死んでいる。

もし、疑問に思う方が居られれば、是非アンドリューワイエスや野田弘志さんを観て頂きたい。
野田弘志さんは生花や人物は弱いが、鉱物やいわゆる堅い物となると、その物の生命観まで掘り出す圧倒的な迫力がある。
ワイエスはテンペラ良し、もしガッシュによる粗いタッチで物を描いても、描かれた滲みやカスレがモノその物になっている。

スノッブな嫌なヤツかも知れないが、絵に関してはいくら作者の人柄が良くても、嘘は書けないのである。

結局、「細密画家」という範疇ではなく、すぐれた「挿絵作家」ということで納得できた。
原画よりも印刷された物の方が作品という事もあり得るのである。

ただ、物を良く謙虚に観察して、嘘をつかずに丁寧に描くという姿勢はよくよく感じられた。
画家はすぐに嘘をつく。
せっかく時間をかけて画面を創り上げてゆくのだからと、観た通りより、より自分にとって理想的な形に再構築してしまう。

余談だが、学生の頃、石膏デッサンをしていて、後ろから先生が「SKY、ちょっとどいて見せてみろ」と仰って、描いている私と同じ目線から実際の石膏を確認してはじめて気づかれたらしく、「SKY、お前、大嘘つきだな…」と絶句されたことがある。

熊田さんはちょっと見目が悪かろうが形が悪かろうが、縁した物を観たまま正直に愚直に描いている。
また、デッサンの線画を見ても、迷いのない確かな線で、十分な力量が感じられる。

またその姿勢を1生に通じて貫き通し、数多くの作品を書かれたということには驚愕とともに深い尊敬の念を感じる。

何よりも、観に来ている子供達が喜び、絵ではなく、そのシーンに描かれている虫の生態について色々語り合っているのを見て、この方の絵の本来の目的や役割が立派に果たされていることが実感できた。

熊田さんもきっとあの世で喜んで居られるだろう。

また、印刷物という形で広く世間の人たちを楽しませてきた功績も大きいと思う。
たしか、「ライオンのめがね」は小学校の図書室にあり、読んだ記憶がある。
ストーリーは憶えていないが、その絵の独特の雰囲気は原画を見て想い出された。

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