前にも書いたが、私は好き嫌いが激しい。
ただ、自分の好き嫌いを他人に押しつける事はもっと嫌いなので、せいぜい何故、好きor嫌いか説明する程度である。
好き嫌いについては極めて個人的な判断領域なのでその人の自由で良いと思う。
ゲイツOSが好きで好きでたまらない人はゲイツOS使えばいい。
ただし身内については楽観視してはおれず、これはかなり腰を据えて「説明」する必要があった。
96年頃、実家でもPCが必要になったとのことで、当時、ソフトウェア開発会社にいた私は実家の家族のために安くてパフォーマンスの良いセットを組んだ。
家庭で使う想定で出来うる限りに利便性を考えた環境も構築した。
我が実家の方はこれで一安心と思っていたが、数年後に訪ねてみると、なんとゲイツOSが台頭しているではないか!
なんでも妹に熱心にゲイツOSを薦める輩がおり、社会的な風潮も手伝って長いものには巻かれろ的に導入を決めたらしい。
導入したばかりなので、今すぐに「説明」したところで解ってもらえるとは思えず、とりあえずそのまま放って置いた。
それからまた数年が経ち、最初はそれなりに快適に使えていたゲイツOSも様々なソフトのインストールやら月例パッチやらを繰り返しているうちに、激重となり、不安定になった。
加えてゲイツOSもVer upするうちにメモリやHDDの容量不足などのマシンの基礎体力の問題が出てきた。
この機だろうと、実家のブロードバンドの導入の時期も合わせて、セキュアな事情やら、そもそものOSの歴史と文化やオープンソースの正当性についてまで、とくと「説明」した。
最初は渋っていた妹も、私が目の前で繰り広げるPCの快適な環境がサクサク動く様を見せつけられるにつけ、今までのゲイツOSの不安定さと画面表示の醜さを思い合わせて自らの誤りを悟ったのだろう。
感涙にむせび泣きながら「もう二度とゲイツOSを使うことはありません!」と誓いを立てたというのはもちろん嘘だが、
普通に決心して、結局マカーノートを購入した。
ようやくこれでまた実家からゲイツOSを駆逐することに成功した。
しかし、これで安心はしてはいられない。
いつ何時またゲイツOSの伝道師が我が家を訪ねてくるかも解らない。
そこで妹にゲイツOSを薦めた本人にも数年かけて「説明」して、見事マカーに改宗させた。
今では彼も立派なマカーである。
銀座のストアーにもよく足を運んで、セミナーなども受講しているという。
人間、誠意を持ってじっくりと話をすればちゃんと伝わるものである。
そして結局、正義は勝つのである。


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