メイン | 2006年01月 »

2005年12月31日

●ピッカピカ

 大晦日31日になってようやく本格的に大掃除。
 ギリギリにならないと重い腰があがらないのはいつもの悪い癖だ。
 台所の水回りや調理器具も丹念に磨く。
 ステンレス製などの鏡面仕上げのピカピカなものはちゃんと映り込まないと気が済まない。
 前に母に聞いたが父親も祖父もそうだったという。やはり血筋なのだろうか?

 スチールたわしやワイヤーブラシにクレンザーをつけてゴシゴシ汚れを落とし、メラミンスポンジで仕上げ。おかげでピッカピカになった。
 夕方になってさすがにお腹がすいてきた。冷蔵庫から半端な食材をとりだし、使い切るためにパスタを作る。とりあえずあるものを全部刻んで煮たり焼いたり・・・おかげで冷蔵庫の中身はすっきりとした。心配だったパスタの味もまとまっておいしかった。
 う~ん、よい兆候だ。何でもそうだが、終わりはすべからくこうありたいものだ。

2005年12月29日

●インカの目覚め

 昨日、友人の家に遊びに行ってワイワイと話してして、流れで近くにできたというスペインバーへ行ってきた。
 目白スペインバルと言う小さなお店。
 店にはいると年末のせいか、先客がいっぱいで、やはり予約も入れずにふらっと入ってきれもダメかなぁ?という考えが一瞬よぎる。
 幸いカウンターがちょうど2席空いてあり、待たずに席に着くことができた。よかった。

051228_00

 店内は煉瓦造りに木製の調度品、カウンター越しにはたくさんのスペインワインのボトルがライトアップされて輝いていた。
 ライティングは全体的に暗め、カウンター席うしろの通り隔ててストーブがあり赤々と燃えた薪で、暖かい雰囲気がでていた。

 突きだしが小鉢に爪楊枝の添えられたアンチョビ。量こそ少ないが柔らかく濃厚だが生臭さのないさわやかな酸味がこれからのオーダーの食欲をそそる。
 スペインワインはほとんど馴染みがなかったので、比較的ハズレのない白でフルーティなものをとお願いすると、「メニューには載っていないのですが」と前置きしてリオハをだしてもらう。
香り舌触りともによく癖のない味で料理にもよく合った。

 カウンターの前にはドーンと生ハムのハモン・イベリコが置かれていて注文に応じて、お姉さんが厳かに1枚1枚、薄~く、薄~く切り分けていた。
 「今日は非常によいハモンが入ったのですよ」と店長が嬉しそうに話す。
 もちろんオーダーした。

051228_01

 おいしそうなハムを見ると無性にそれをサンドイッチにして食べてみたくなる。
 ちょうど焼き肉を食べるとき、一緒にご飯が食べたくなる感覚だ。
 それでサンドイッチはありませんか?と聞いたが残念ながら無い。
 そこで普通のトーストを頼み、他の料理と取り合わせながらいただくことにした。

051228_02

 本日の煮込み料理をたのんだが、これがまた絶品だった。
 牛の内臓の蜂の巣をメインに豆や帆立等と一緒に煮込んだスペインの一般的な家庭料理だそうだ。
 聞けば5時間キッチンで煮込んで、さらに5時間薪ストーブの上で煮込むのだという。
 煮込むすぎるとかえって歯ごたえが無くなってしまうので、ちょうど良い歯ごたえを出すために何度も試行錯誤したと聞いた。
 その甲斐もあり普通は堅くなりがちな蜂の巣が、煮込みのアンデンテとも呼べる、納得の歯ごたえと芯まで染みこんだシチューの濃厚な味わいが楽しめた。
 これに豆のホクホク感がよく合い全体としてよくまとまった絶妙な味を醸し出していた。

051228 03051228_04

 「じゃがいも召し上がってみますか?メニューには無いんですけど…」と声をかけられる。
 カウンターの後ろの方で薪を使ったストーブがたかれていて、アルミホイルに包まれた小さなジャガイモが入っていた。
 このジャガイモが「インカのめざめ」という仰々しい名前のものだった。
 店員の方がこのジャガイモに関するパンフレットを見せてくれた。
 「インカのめざめ」はアンデスなどで昔から食べられてきたじゃがいもの原種を改良して、3年前に登録されたジャガイモで貴重なものだという。
 割ってみると確かに古代インカ文明を彷彿させる、黄金色に輝いていた。

 ジャガイモの原種の話は昔に聞いていて、いつかは食べてみたいと願っていただけに、思わぬ出会いに心を躍らせる。
 小さな卵大のジャガイモを二つに割り二人で分け合って神妙な面持ちで食べてみる。
 「皮ごと食べられますよ」と聞き、まずは何も付けずに芋本来の味わいを楽しむ。
 さすがはジャガイモの原点ともいえる、甘みがあり凝縮されたクリーミーな味わいだった。
 次に付いてきた自家製マヨネーズ「アリオリ」をつけていただく
 これがまた普通のマヨネーズとは違ってホワイトソースかと思わせるような白さと柔らかさだった。
 これは普通の卵黄の代わりにミルクを使い、昔は殺菌のために添加したニンニクが味のベースとなる。
 アリオリをつけていただくインカのめざめが絶妙な組み合わせで、互いに引き立て合った味のシナジー効果を醸し出していた。
 ジャガイモの大きさに比べてアリオリの量が多く、残すともったいないので試しにトーストにつけて食べてみた。

 するとさわやかな酸味を帯びたガーリックトーストの様な味わいになった。
 そこで、それにハモン・イベリコ乗せてガリガリ。
 これは旨くないわけがない。
 シナジーにシナジーを重ねたトリプルパンチの味わいに完全に参ってしまった。

 いやぁ1品1品心のこもった濃厚なディナーでした。
おかげで久しぶりの終電。

2005年12月28日

●iBlogにカウンターを置く方法_2

 とりあえず、iBlogにカウンター表示するため、ナビゲーションエディタにいつも使っているテキストカウンターのcgiを設置してみた。
 コンテンツ内容にcgi読み込むためのタグを書き込み、cgiフォルダを/blog/に設置して、パーミッションを設定。
 これで更新してみたが、カウンターが表示されない。
 念のためパーミッション、cgiタグをもう一度調べたりてみたが、異常はない。
 試しにタグの前に文字を書き込んでみたが、これはちゃんと更新される。

 仕方がないのでネットで調べてみると、iBlogでcgiを設置した人は見かけなかった。
 他の項目コンテンツタグを見ても全てJava Script である。
 iBlogから吐き出された、問題の箇所の入っているファイルはちゃんとindex.htmlだし
 ここまで調べて気づいた。今のレンタルサーバーでは.htmlの拡張子を.shtmにしないと動かないんだ。...orz

 結果を言うと、これまたネットで調べたら、phpを使ったカウンターが供給されていた。
 ■ o-ume8 COUNTER
 http://o-ume8.com/junsdiary2/archives/2005/07/20050716_1701.php

 iBlogで稼働実績もあるので迷わずこれに決める。
 しかも色や大きさは自分の好みにカスタマイズできる。
 欲を言えば、文字種も変更できるようにして欲しかったがgifイメージを使ったカウンターが前提なので仕方がないのだろう。

 サイトにあるセットアップガイドを読み
 なにやら長い文章を目にすると一瞬気が遠くなりそうだったが、頭からやってみるとすごく簡単だった。ブラウザ側から目で確認しながら設定できるのが嬉しい。
そしてようやく、設置完了。

 次はコメントシステムを導入してみよう。
 iBlogにはコメントシステムが無いのでこれも外部からの供給が必要である。
 まぁ慌てずのんびりとゴチャゴチャしないようシンプルを心がけながら機能アップを図ってゆこう。

 シンプルに徹するとカウンターもいらないかも・・・。どうせ人は来ないんだし。

2005年12月27日

●冷え性

 自慢ではないが冷え性である。
 それも、半端ではない。
 昔、「自称冷え性」の女の子と素足を重ねたとき「何っ!これ!冷たぁぁい!」って思わず叫ばれたほどの冷え性である。
 生来の低血圧に自律神経系が追い打ちをかけているのだと思う。

 毎年この時期は辛く、床に入ってからも足が全然温まらず寝付けないこともある。
 親はそんな冷え性を心配してか「意識を集中すればそこに血が通って自ずと暖かくなる。」と教えてくれたが、足先にいくら意識を集中しても一向に暖まる気配がない。
 きっと理力(フォース)の力が弱いのだと思う。
 だが長年の訓練の甲斐もあり、ようやく手の指先までは温めることをマスターできた。
 しかし、問題の足の指先は未だに無理である。

 仕方がないのでまず手に意識を集中して暖め、その暖まった手を使って足を温めるという自分の体のことなのに、各パーツごとに別々にメンテナンスするへんてこな状態になっていて、何だかなぁ~と思う今日この頃である。

●ディアブロのキャラクタ個性について

 ディアブロにはいろいろなキャラクタが出てくる。
 まずプレーヤーのキャラクタこれはこれで7種類ありそれぞれ個性豊かなビルドが楽しめる。
 しかし、今回はモンスターのキャラクタについて。

 プレイしていて、何か悪態を吐かれていることは判るのだけれども、ヒアリングの能力が無くいまいち何を言われているのか判らなかった。
 昨日、友人とチャットでその話題が出てきたのでその一幕。

: アンディは「ダァ~ィ!!」までは聞き取れるんだけどその後は何を言っているのでしょうね?

友人:  "Die, maggot!"って言っています。
「死ね、ウジ虫がっ!」ってトコっすかね。w

: おぉ!ひそかにひどい言われ方をしていたのですね !!

友人: ですねぇ。w

: まるで妖怪に、「出たな ! 妖怪!」って言われた理不尽さを感じます。

友人: まぁ、一応は地獄の4天王の一人らしいので。w>アンダリエル

: へぇ!。 前は天界の人だったのでしょうかね?

友人: いえ、チャキチャキの地獄っ子みたいっすよ

: なるほど堕天使はイズアルだけか...

友人:  ちなみに、イズアルの台詞は "Save yourself." 意外と良い事言ってます。w

: えぇ、むかし天界人だっただけあって、お上品ですね。
決して、「氏ねぇ!この糞ウジ虫野郎がぁぁ !!」なんて悪態は吐かない。

友人: 産まれの違いが出てますな。w

 と、今日もディアブロを肴に茶が進む。

2005年12月26日

●キャベツ猫

 HotLineのチャットでの話の流れから昔、読んだ向田邦子さんのエッセイを思い出した。
 「無名仮名人名簿」という本に収められていた「キャベツ猫」という題名の短編で、読み直したいと探したが、引っ越しの時に消えてしまったらしい。
 しかたがないので、内容を思い出しながら書いてみようと思う。
 キャベツ猫は向田さんのところで飼われたシャム猫でキャベツが大好物で、キャベツを見るともうたまらなくて身悶えして啼くのだが、そんな滑稽な仕草の背景にはこんな哀しい話があったという。
 その猫が、ペットショップで売られていた時、餌として茹でたキャベツを肉にまぜて与えられていたらしい。
 猫は生後2カ月から3カ月で売らないと新しい飼い主に懐かない。それで売れ残りそうになると肉を減らしキャベツを混ぜて発育を遅らせ、血統書の生年月日を偽って売っていたらしい。

 この短編には、この猫のその後のたくましい生き方が書かれていた。また、それと対照的な存在のアイス犬も書かれていた。

 この犬は金持ちの家に生まれて大事に育てられたそうである。
 ほかの家に引き取られたときも乳母、身の回りの品々のひと揃いも添えられて来たというからその甘やかされぶりが窺い知れる。
 それで、別の家に引き取られた後も大好物のアイス売りの鈴の音を聞くと鳴いてねだるのだそうだ。
 この犬にはたくましさがなく、生きることに対しても執着がなかったらしい。
 やがて病気になり、周りが一生懸命になって飲ませようとした薬も吐き出し、「もう、いいじゃないですか」という風にこちらを見ていたという。

 結局、キャベツ猫の方はたくましく長寿に生きて、アイス犬の方は短命で終わったらしい。
 どちらが幸せだったかそれは判らないが考えさせられる内容だった。
 ちなみに「キャベツ猫」の書き出しは、「犬や猫にも食物の好き嫌いがある。」だった。

2005年12月25日

●子供の時間、大人の時間

 年始に向けてちょっとずらして我慢していた整髪をした。
 最近では、ちょっと伸びると気になって仕方がない。
 今でこそこうだが、子供の頃は床屋に連れて行かれるのがとても嫌だった。
 なんせ、1時間もあの床屋の椅子に縛り付けられて頭を動かさないなんて苦痛この上ないことだった。
 今なら1時間くらいはあっという間に過ぎてしまうが、子供の頃は、好きなテレビ番組が始まるまでの1時間などは今の1日くらいの感覚だったように思う。
 親からは「落ち着きのない子だねぇ。何で待てないの?」とよく注意された。
 そういえば、小学校の通信簿の先生の記入欄にも「もうすこし、おちつこう」と書かれていた。
 そのせいもあって「落ち着かなくちゃ」と中学・高校で物事に動じないよう心がけて、その甲斐あって、二十代になると実際の年齢よりも老けて見られるようになった。
 当時はそれはそれで嬉しかったのだが、今、振り返ってみると、だいぶ損をしたように思う。
 はじけて一生懸命何かに没頭するときは、そうすればよい。若いうちの恥はかいてナンボ、それを怖れてこそこそおとなしくしていれば、せっかくの伸びしろの機会を失うことになる。

 話がそれたが、子供の時間の感覚と大人の時間の感覚ではだいぶ違うと思う。

 いささか話しが大きくなるが、宇宙の話題でビックバーンの初期段階では非常に高温で高速で広がり、伸び切るにつれて温度が下がり広がるスピードが落ちると聞いたことがある。
 人間も同じような感じなのだろうと想像する。
 生まれたばかりの時の大きく伸びようとする時期は脈拍数も体温も高く、そのときの時間の感覚も密度の濃いものなのだろう。
 そういえば小動物の寿命は短いが、その時間の密度の感覚は我々とは比較にならないのだと思う。
 おそらく過去の数十年生きてきた感覚と、これから生きるであろう数十年の感覚では全然違うのだろう。 
 きっと10年くらいならあっという間にすぎてしまう気がする。
 これから40年くらい生きる目算が実際の感覚では15年いやもっと短いかもしれない。
 そう考えると、少し悲しくなる。
 もう、周りの目を気にして落ち着いた風を装わなくてもいいだろう。
 物事に変に慣れず、子供のような新鮮な感受性で真剣に充実した生活を送りたいと思う今日この頃だ。

2005年12月08日

●C4Dの学習事始め

 結局のところ、レンダリング結果の美しさと、操作環境の比較的理不尽のなさが気に入ってC4Dを学習し始めることにする。
 まぁ、使い込むまで学んだ行くうちに(かなりの時間を有すると思われる)様々な辛口の方々が指摘されている点も進化してくれることと思う。
 何よりも安定して、基本的なことがストレス無くのみこめるような環境だと本能的に感じる。