●捨てる
使わない物をサッサと捨てるということは昔はよくやっていてた。
まぁ部屋が狭かったし、物を残していては、住居の人が生活を営むという最低限度の用途すら果たせなくなるからである。
だから、物を購入しても必要な物を残して後はサッサと捨てていた。
家電品は本体と保証書だけを取り出して段ボール、梱包物、一切を捨てた。
不必要ならばマニュアルも捨てた。
本も表紙、帯はまず捨てた。
また、読み終わった本もサッサと捨てた。
表紙、帯などがないので古本屋に持っていってもたいした値が付かないし、それに引き替え、持って行く手間が見合わないからである。
そもそも、その本もそういう古本屋で、ごく安い値段で購入しているので、はじめから高く売れるわけがないのである。
まるで知識のチューインガムのように読んで頭に入れたらサッサと捨てていた。
そういう意味ではいわば私のところは消費の末端とも言える。
図書館で済ませられる本は買わずにすましたし、とにかく、ごく一部の本を除いて、なるべく手元に置かないようにした。
昔はそのようにして人の生活の場と物の場所が日常的にせめぎ合っていた。
ところが現在はどうかというと、使っていない洋間があるので、ひと部屋まるごとを物置にして「とりあえず」そこに置いている。
これがまあ普段生活している部屋から目に付かないので、当然ながらいろんな物が徐々にオリのように積もってゆく。
家電の段ボールとか(大きな物はさすがに捨てるけど、小さなデジタル機器の化粧箱などとりあえずは取っていた。)データを保存したDisc類、レガシーな機器やそのケーブル類、銀塩カメラ用の機材や現像と引き延ばし機材等・・・
昔、高価で苦労して手に入れて大事に使っていたものばかりなので、今は使わなくても何となく捨てるに忍びないそれらの数々がしたり顔で部屋を占拠していた。
さすがにこれはまずいと思って、この連休中に整理しようと90リットルのゴミ大袋をたくさん持って久しぶりにその部屋に入ってみた。
それらを過去の遺物を眺めながら冷静に考えてみると「おそらくこの先、使うことはないし、また使わなくても代替えの物で十分賄えるし、その都度新たに入手しても苦にならない物である。」と納得した。
だいたいSCSI機器など今後使うことがあるだろうか?
MOなんて、たぶんこの先ずっと使うこともないだろう。
だから、いっさいがっさい、容赦なく捨てることにした。
なかには中身の方はお役ご免ですでに無いのに箱とマニュアルだけが残っている物もあった。
購入して1月くらいは初期不良などで返品する場合ものあるから残しておいてもいいいけど、保証期間1年を超えた物はさすがに取っておく必要が無いと思う。
機材の付属品、ストラップや接続ケーブルなど封を切らずに新品のまま箱に収まっている。
こういうのを見るにつけ、とかく勿体ながって新品の付属品を使わずに以前の物を使っていたのが馬鹿らしくもなる。
そういう物が1つや2つならまだわかるのだけど、5つも6つも封を切らないEtherケーブルとか見ると、サッサと新しい物の封を切って気持ちよく使った方が良いのかな?とも思えてくる。
また、CDやDVDなど現在でも読み込めるものの、内容が不必要な物も大量にあった。
古いバージョンのソフトやプラグイン類、Font等々。
入手する時はとても苦労して、大事にCDなどに焼いて保存したが、「一度も読み込んでいない」メディア類が数多くあった。
いずれ必要になるだろうとCDなどに焼いて保存することは良くあるけど、たいがいの場合その「いずれ」は来ることがない。
古いソフトは今のOSでは起動しない。
入手するときはその効果に思いをはせながらワクワクして集めたりした物だけど、結局使わずに捨てることになってしまう。
それを考えると入手時に一生懸命探したりする苦労が全く無駄に思えてくる。
やはりその時に必要な物だけ入手して使うのが一番だろう。
ソフトウェアに関しては将来に必要になりそうだという予想ほど当てにならないものである。
それに今ではディスクに焼かずとも大容量のHDDで十分に賄えるのである。
700Mb単位の少ない容量のメディアに保存する手間の方が大変である。
よしんばHDDが飛んだとしてもそれはそれで諦めるくらいの気概があれば大丈夫だろう。
さすがに自分で作ったコンテンツは複数のメディアに分けて保存している。
一日だけではとうてい終わず、今後も継続的に捨てることをが必要だけど、引きずってきた過去を綺麗サッパリ捨てるとかえって現在が見えてくる気がする。
やはり新しい物を得るためには過去に執着せずに手放す必要があるのだろう。
まぁ部屋が狭かったし、物を残していては、住居の人が生活を営むという最低限度の用途すら果たせなくなるからである。
だから、物を購入しても必要な物を残して後はサッサと捨てていた。
家電品は本体と保証書だけを取り出して段ボール、梱包物、一切を捨てた。
不必要ならばマニュアルも捨てた。
本も表紙、帯はまず捨てた。
また、読み終わった本もサッサと捨てた。
表紙、帯などがないので古本屋に持っていってもたいした値が付かないし、それに引き替え、持って行く手間が見合わないからである。
そもそも、その本もそういう古本屋で、ごく安い値段で購入しているので、はじめから高く売れるわけがないのである。
まるで知識のチューインガムのように読んで頭に入れたらサッサと捨てていた。
そういう意味ではいわば私のところは消費の末端とも言える。
図書館で済ませられる本は買わずにすましたし、とにかく、ごく一部の本を除いて、なるべく手元に置かないようにした。
昔はそのようにして人の生活の場と物の場所が日常的にせめぎ合っていた。
ところが現在はどうかというと、使っていない洋間があるので、ひと部屋まるごとを物置にして「とりあえず」そこに置いている。
これがまあ普段生活している部屋から目に付かないので、当然ながらいろんな物が徐々にオリのように積もってゆく。
家電の段ボールとか(大きな物はさすがに捨てるけど、小さなデジタル機器の化粧箱などとりあえずは取っていた。)データを保存したDisc類、レガシーな機器やそのケーブル類、銀塩カメラ用の機材や現像と引き延ばし機材等・・・
昔、高価で苦労して手に入れて大事に使っていたものばかりなので、今は使わなくても何となく捨てるに忍びないそれらの数々がしたり顔で部屋を占拠していた。
さすがにこれはまずいと思って、この連休中に整理しようと90リットルのゴミ大袋をたくさん持って久しぶりにその部屋に入ってみた。
それらを過去の遺物を眺めながら冷静に考えてみると「おそらくこの先、使うことはないし、また使わなくても代替えの物で十分賄えるし、その都度新たに入手しても苦にならない物である。」と納得した。
だいたいSCSI機器など今後使うことがあるだろうか?
MOなんて、たぶんこの先ずっと使うこともないだろう。
だから、いっさいがっさい、容赦なく捨てることにした。
なかには中身の方はお役ご免ですでに無いのに箱とマニュアルだけが残っている物もあった。
購入して1月くらいは初期不良などで返品する場合ものあるから残しておいてもいいいけど、保証期間1年を超えた物はさすがに取っておく必要が無いと思う。
機材の付属品、ストラップや接続ケーブルなど封を切らずに新品のまま箱に収まっている。
こういうのを見るにつけ、とかく勿体ながって新品の付属品を使わずに以前の物を使っていたのが馬鹿らしくもなる。
そういう物が1つや2つならまだわかるのだけど、5つも6つも封を切らないEtherケーブルとか見ると、サッサと新しい物の封を切って気持ちよく使った方が良いのかな?とも思えてくる。
また、CDやDVDなど現在でも読み込めるものの、内容が不必要な物も大量にあった。
古いバージョンのソフトやプラグイン類、Font等々。
入手する時はとても苦労して、大事にCDなどに焼いて保存したが、「一度も読み込んでいない」メディア類が数多くあった。
いずれ必要になるだろうとCDなどに焼いて保存することは良くあるけど、たいがいの場合その「いずれ」は来ることがない。
古いソフトは今のOSでは起動しない。
入手するときはその効果に思いをはせながらワクワクして集めたりした物だけど、結局使わずに捨てることになってしまう。
それを考えると入手時に一生懸命探したりする苦労が全く無駄に思えてくる。
やはりその時に必要な物だけ入手して使うのが一番だろう。
ソフトウェアに関しては将来に必要になりそうだという予想ほど当てにならないものである。
それに今ではディスクに焼かずとも大容量のHDDで十分に賄えるのである。
700Mb単位の少ない容量のメディアに保存する手間の方が大変である。
よしんばHDDが飛んだとしてもそれはそれで諦めるくらいの気概があれば大丈夫だろう。
さすがに自分で作ったコンテンツは複数のメディアに分けて保存している。
一日だけではとうてい終わず、今後も継続的に捨てることをが必要だけど、引きずってきた過去を綺麗サッパリ捨てるとかえって現在が見えてくる気がする。
やはり新しい物を得るためには過去に執着せずに手放す必要があるのだろう。