●たいがいのことは紙と鉛筆で事足りる。
紛失したシャープペンと同じ物を購入した。
同じ型の物を買うのはこれで4度目か、1つめは人にあげた。2つめは紛失した。3つめは置き引きにあったバックの中から物色されて盗まれた。
シャープペンで書いたり消したりできる気軽さには、いまさらながら感心する。
万年筆でスラスラ書いてゆく書き心地は格別だが、書き損じを塗りつぶしたり、純粋な思考から横道に逸れて落書きなど をした場合には紙面の趣旨がボヤけてしまう。本筋でない脇道の思考も”とりあえず”紙面に吐き出して、記載し目で見て確認し、また本筋の思考に戻るというプロセスが多い自分にとっては、無駄と判明した時点で消せるという鉛筆の特性が合っている気がする。
これは文書だけでなく、ちょっとしたスケッチでラインを引いて、そのラインが気に入らない場合により理想に近いラインを引き直す。仮に引いたラインは補助線であり、理想に近いラインを引くための過程である。理想に近いラインを引いた後は補助線は消したい。
こういう風に、文章を書くにしても、頭の中にあるイメージを紙に移すにしても鉛筆さえあればたいがいは事足りる。
さらに言ってしまえば、芯を容易に尖らすことができて、削りカスで他の持ち物や手を汚す心配さえなければ、シャープペンでなくても鉛筆の方が手に馴染む。
最近、気に入っ鉛筆削りをた無印良品でみつけた。
削りカスをためて、蓋が付いているので移動時でもカスがこぼれず、しかもコンパクトでこれを使っている。
書くうちに芯が丸くなり、削って芯を尖らすという作業は、再度思考や感性を尖らすのに通じ、また鉛筆を削るときの微かな木の香りも気持ちを落ち着かせる効果もあり、これが良いリズムになっている。
鉛筆は学生時代に鉛筆デッサンで使っていたHi-Uniとかステッドラーなどが結構な本数余っている。
これらを持ち歩きに収められる具合の良いホルダーもみつけた。
ステッドラーの銘で、日本製のアルミである。
値段は少し張るが、日本の精密な金属加工でたいへん質がよい。
安物のホルダーでは、鉛筆をホールドにかなり力を入れて締め付けないと、鉛筆削りの時に回転してしまう。
これはホールドのねじ切りの荒さが原因なのだが、この点ステッドラーのものは細かいねじ切りで力を入れずとも確実のホールドしてくれる。
またペンの後ろに小さな消しゴムが付いており、これが軸の回転で繰り出される仕組み。適度に繰り出して使えばちょっとした修正に重宝するし、移動時にしまい込めば出し過ぎて折れる心配がない。
基本に戻って、この安価で手軽で自由度の大きい道具を見直してみようと思う。