●タイプ その2
男性 が女性に対してタイプを(積極的に)尋ねないのには質問自体が無意味だと解っているからである。
好みのタイプを聞いて答えてもらったとしても、あくまでもその時点での好みでしかない。
「女心と秋の空」と言う例えがあるくらい、移り変わりが激しく定まらないように思える。
なかにはそんなことはないと強く反発する方もおられるだろうが、私が見てきた限り多くはその傾向にある。
ある時はフリオ・イグレシアスだったり、またあるときは光ゲンジの諸星であったり等々。
その当時、ちょっとでも悪口でも言おうものなら激しく反発に会うのだが、時が流れてその話題が出ても当人ですら、そんなことがあったのか。とすっかり忘れた様子でケロッと答える。
それどころか乗り換えた現在のマイブームの「布教」に積極的で、話半分で聞こうものならば「人の話を聞かない」とこれまた罵られる。
そんな物を聞いたところで、今日の天気を詳細に解説してもらっているみたいで「ロシアから来る寒冷前線が南下してうんちゃらかんちゃら...」明日になれば明日の天気の詳細な解説を聞かねばならず、これでは全く不毛に感じてしまう。
これが前のブームと何か一貫した共通点でも見つけられれば、それなりに納得がいくのだが、私の見方が浅いのか、どうしても見つからない。
これが男性の場合だとそうではない。 原節子好きはあくまでも原節子好きだし。吉永小百合好きはあくまでも小百合ストであり続けて全くブレがない。
だからこそ、普遍のデータベースの項目として成り立つわけなのだろう。
女性の中にもそういうブレない人もいるかもしれないが、考えてみて未だに部屋に「城ミチル」のポスターとか貼ってあったりしたら、これはこれで問題アリなんじゃないかとも思ったりする。(あくまでも私見です。)
この基本的な部分での男女の違いとはどこから来るのだろうという疑問に、ある哲学を専攻した先輩が答えてくれた。
そもそも太古の昔に狩猟時代にさかのぼる。
男は獲物を求めて遠くまで何日もかけて狩りに出かけるとき奥さんを想いながら、それを糧に何日も辛い旅を続けて無事に帰ってこようと頑張ったらしい。
でも、狩りには危険がつきもので不幸にして獲物に返り討ちに遭うこともあり、その時は同じ人を想いながら死んで逝ったという。
女の方も同様に想って待っているが、ある期間を過ぎるともう旅先で死んだことを悟り、その時は子孫繁栄のためサッサと身を乗り換えるため別の人をこれまた真剣に想えるようになったらしい。
そんな太古からのDNAに刷り込まれた習性だからどうしても基本的な点で違いが出てしまうんだよ、と教えてくれた。
本当か嘘かは解らないけど、その時は何となく納得した憶えがある。