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2006年03月31日

●ブログの引越し

ようやくブログの引っ越しが一段落した。
いやぁ、面倒くさかった。
まだ、3ヶ月強くらいしか記述していないので、エントリ数も120そこそこだったからまだ良い物の、これが1年書きためた物をいざ移行するとなると、もぉやる気も起きないだろうなぁ。

合わせて今まであちこちに散らばっていたcgiの実行ファイルも一所に集めた。
残念なことに、愛用していたテキストカウンターがindex.shtmlの置いてあるディレクトリ以下でないと上手く動いてくれない。
相対パスで「../」やら、絶対パスで記述してみたけど、どちらもダメだった。
仕方がないので、アクセス解析のプログラムに付いてくるカウンターをそのまま表示させるようにした。
ただし、トータルのカウントログがIPの解析ファイルと同期されているので数字だけを弄るわけにいかず約200カウントほど少なくなったままだ。
まぁ、もともと、多すぎるカウントを監視する意味でカウンターを設置しただけで、決してトータル数が増えるのをニヤニヤして眺める為じゃないからこれで良いんだけど。

あと、解析プログラムのカウンタは何故かカウント数字にテキストが使えない。
ちなみにcnt/にある、0~9.gifを削除しても、カウンターに「?」が表示されるだけだ・
なんかねぇ、画像カウンターって嫌いなんですよ。 色やサイズが固定されてしまって扱いにくいし。

かといって作るのも面倒だし、仕方がないので、透過式gifのカウンター素材を探しに検索してみたら、すごい数がヒットする。
フリーの素材を供給する所なんて本当に掃いて捨てるほどあるんだけど、どれもこれも基本に難のある物ばかりで
(クセのある個性を前面に押し出した物)どうにも使えない。
それ以前に、ヒットしてサイトを見に行っても何のコンテンツも置いていなくて、タダのリンク集だったりする糞のようなサイトが蟻地獄のように口を開けて待っている。
だいたいググって上位にランキングされるのはこういう何の役にも立たずにバナー広告ばかりが目立つサイトだ。
今は検索すればたいがいはヒットするので、こういうコンテンツも置かない「自称ポータルサイト」は無くなって欲しいと思う。

何とか我慢しながら検索結果からコンテンツが置いてあるサイトを見つけ、おとなしめのデザインの物をダウンして使っている。
比較的、無難というものだけで、決して喜んで使っている訳じゃない。
やはり暇が出来たら、自作するしかないかもしれない。

2006年03月30日

●Movable Typeへの移行-その2

Movable Typeとectoでブログを更新するようになって、iBlogでの更新が面倒に感じられるほどである。

iBlogでの更新手順を書くと

1. iBlogを起動する。
2. 新規エントリーを作成する。
3. エントリ内容を書いて保存して閉じる。
4. BlogからXMLの作成ボタンを押す。
5. ターミナルを起動して、iblogPatcher のコマンド、「iblogPatcher -v --blog myblog.txt preview after」を実行する。
(cgiを使用するために拡張子を.htmlから.shtmlに変更するのでこの処理が必要。)
6. Transmitを起動して、自ブログサーバに入り、ローカルのブログファイルとマージする。

と、まぁ個条書きで書くとこんな感じなのだが、このほかにも細かい点で色々と煩わしい事が発生する。
もしも、ブログの内容で書き加えたり、変更したい箇所が見つかった場合は、また3から同じ作業の繰り返しである。
結構面倒くさい。私にとって、ブログは作業メモ代わりにもなっているので、作業している横でブログ入力画面を常に起ち上げて、気付いたことをその場で記入することも多い。
一段落付くと、サイトにアップしたいときもある。
よって1日の間にアップすることも1回とは限らず更新作業は簡単なほどよい。Movable Typeとectoの組み合わせなら、3.で終わる。
しかもアップはそのメモだけなので、処理も速い。
一度、この環境になれてしまうと、なかなかiBlogの方の更新が出来なくなってしまう。あと、これは結構重要なことなんだけど、常にブログ入力画面を起ち上げているので、そのインターフェイスはなるべくシンプルで癖のない物がよい。
出来れば外見はOS9標準のメモ帳程度の方が望ましいくらいだ。
iBlogの方はと言うとやたらと機能ボタン群がスペースを占めていて常に入力画面を起ち上げようという気にならない。
やはりブログと言ったら、内容、特に文章が重要なのでそこで快適に入力させる気を起こさせるかどうかと言うことも大事なファクターである。
その点、ectoは長い歴史もあり、多数のブロガーが使っているだけあって、入力のインターフェイスはまるでエディタのようで違和感がない。まだMovable Typeのサイトの方のデザインがしっかりしていないのだが、日々の更新作業や、入力の快適さを考えて前倒しで移行しようと思う。

2006年03月29日

●Movable Typeへの移行

XOOPSのサイトを構築する上でやはりCSSを良く理解する必要がある。
現在、試験運用中のMovable Typeを使用したサイトも同じところで頓挫いしている。
そして、XOOPSのテーマのカスタマイズはMovable Typeの物よりさらに複雑である。
やはり、ここは避けて通れないので、まず簡単なMovable Typeで十分経験を積んでゆこうと思う。
現在ブログサイト移動に対して問題となっている点は以下の通りである。

Movable Typeサイトの問題点

1.ブログエントリー表示の数
2.スタイルシートの編集
3.カンターcgi
4.アクセス解析cgi
5.引用文囲み
6.カレンダの月移動

1.は一度ゆっくりとMovable Typeの公式サイトを読んでみる必要がありそうだ。
Movable Typeの管理ページから、設定/基本/表示に関する初期設定/表示数で
99(エントリー)を選んで再構築しても反映されない。

Transmitからブログの設置状況を確認したところ、拡張子が「html」となっている旧物と変更し直した「shtml」との2種類が混在していた。
ゴミになっている、「html」の方を削除してもう一度確認してみたが、これでも反映されない。

テンプレートで使用した「メインページ」に何か表示数に関する記述でも指定されているのだろうか?

メインページで使っているソースコードを一度良く読み直してみる必要がありそうだ。
やはり、記述があった。
<MTEntries lastn="5"> ここだ。
せっかく、Movable Typeで管理するのだからここも変数にしておけばいいのにまったくお節介な作りになっている。
ついでに、ファビコンを表示させるタグも加えてみた。
以上で1は完了。

2.スタイルシートとはいっても、メインページの方はそれほど変える必要はないのだが、アーカイブページに移るととたんに文字が大きくなるのと、余白が十分に取られていないのは何とかしたい。
まずは、アーカイブページのソースコードをエディタに移して、メインページの物と見比べる作業から始める。

アドビ システムズが“Dreamweaver 8.0.1 機能拡張 for Movable Type 3.2"を無償提供開始

2006年03月28日

●XOOPS

仕事上でどうしても参加型ポータルサイトの構築をしなければならなくなり、急遽「XOOPS」を学習し始める。
こういうう、ポータルシステムは「コンテンツマネジメントシステム(CMS)」とも呼ばれているが、どうもデザイン面で似通った作りの物が多く、魅力的に映らなくてイマイチ触手が伸びなかった
だいたい参加型コミュニティサイトってあまり好きじゃないんだよなぁ。
機能的にはさすがにそれ向けに作られたパッケージとモジュールなので組み込み構築は楽であろう。公式サイトからモジュールの種類を探すとかなりの量がヒットして何も目的を持たずに見ているだけだと途方に暮れる。
やはり、サイトで何をしたいか(掲示板やセキュリティや認証システム等々)そこから目的のモジュールを探していった方が早そうだ。外見にはテンプレートが配布されており、それを元にカスタマイズしてゆくことになりそうだ。
ただ、カスタマイズにはHTMLとスタイルシートの内容を理解し修正する必要がある。
スタイルシート自体はあまり詳しくないし、HTMLと微妙に記述が違ったり、また数種類の書き方があったり、混乱を招きやすい。
どうせならHTMLと同じ記述にしていくれたほうがもっと解りやすかったのに・・・。

テンプレートのカスタマイズにはローカルでPHPやMySQLの使える環境にXOOPSをインストールすることで確認作業が楽になるらしい。
幸い、運の良いことに先日に新しいMAMP が発表されてそこには標準でXOOPSが入っていた。
これで、ローカルでの確認環境は楽に構築できた。

2006年03月27日

●水と空気

静岡から持ち帰った水でコーヒーを入れてみた。
とても、美味しく仕上がった。
やはり水でかなり変わる。
静岡と言うところはお茶も美味しいがやはり水そのものが違うのだろう。
実際にむこうで顔を洗っても水が柔らかく、心地よい。

普段、お茶やコーヒーを煎れる際に使う水は近くのスーパーでもらえるイオン水を4リットル入りのポリタンクでもらってきて、使用している。
もちろん、水道水から比べればカルキ臭さや癖が無く、そのまま飲んでも美味しい。
ウィスキーのロックに使う氷もこれで作っている。

これで一安心していたのだが、先日、この水を白湯にして飲んでみたところ、何故かカルキ臭くてとても飲めた物ではなかった。
原因を探ってみると、ケトルに問題があった。
うちのケトルはモダンなデザインで沸騰すると音が鳴って空沸かしを防いでくれるのだが、上蓋が無く注ぎ口から水を入れる。
そのため、中を綺麗に掃除したくても出来ない作りになっている。
ときどき、注ぎ口から指を入れて裏面がざらついていないか確認して良く濯ぐのだが、それでもカルキは抜けないようである。
仕方がないので、昔のようにミルクパンでお湯を沸かしこれでコーヒーを煎れるようにした。以前は、なるべく水を美味しくしようと備長炭を入れた湧かしていたこともある。
しかし、炭のカルキ分を吸い取ってくれる能力にも限界があるようで、頻繁に換えなくてはいけないので面倒である。
やはり、イオン水をもらってきて、良く洗ったミルクパンでお湯を沸かすのが一番手軽で安上がりなようだ。
実は埼玉に引っ越してからは水道水もそれほどくはない。

不味い水道水で思い出すのが20年近く前に一時期、東京の江戸川区の方に通っていた時のことだ。

あそこの水はとても不味くて飲めた物ではなかった。
何でそうなるのかは解らないが、その当時から地元の人も江戸川区の水のまずさについて訴えていたので私の主観だけではなさそうだ。
その後改善されたのだろうか?

こちらに来る前のマンションは国道沿いに建っていて、空気がとても汚かった。
ガラス戸が2重になっていたので音はそれほど漏れないのだが、空気の汚さだけはどうしようもなかった。
ベランダは宿命的に黒ずんでしょっちゅう水で洗い流さなければならなかった。
そんなところだからあまり布団も外に干したくはなかった。
花粉症の原因には身体に長い間、花粉の要素が貯まってゆくことで発症するといわれるが、空気の悪さから体質が変わってしまうと可能性もある。
前のマンションには約12年住んでいたが、もしかしたらその間に体質を変えられて花粉症のキャリアになってしまったのかもしれない。

そういえば、こちらに引っ越してから花粉症の症状も軽くなった気もする。
石原都知事も排気ガス規制など頑張っているが、ちょっと手遅れだったかもしれない。
都知事も去年くらいから発症してしまったらしい。
やはり、水と空気は生物が生きてゆくために最低限、大事に守らなければならない物だろう。

水と空気はタダみたいな物だから、資本主義社会では軽んじられるのだろうが、皆が等しく大切な物であることには変わらない。
いくら、経済が発展しようとも水や空気を汚して結果的に人間が住みづらくなっていては、いったい何のための発展だろう?
水や空気など最低限の公共を大事にできない社会なんて、ろくなもんじゃないと思う。

2006年03月26日

●苦労と向上

今日は用事があって早朝から外出して、静岡の方まで行ってきた。
東名高速を利用したが、桜見物のせいか、結構渋滞して移動に時間がかかった。
でも、そのおかげで同乗していた、顔見知りであまり話をしなかった人の話をゆっくり聞くことが出来た。
普段、私がその人に対して持つ印象は、ずいぶん恵まれた人なんだなぁと羨ましく思うくらいだったが、よくよく話を聞くとこれが現在でもいろんな面で苦労が絶えないらしい。
その意外さと、やはりどんな人でも必ず何らかの悩みや苦労はつきまとっている物なんだと実感した。大事なことはその悩みや問題から目を背けず、逃げずに向かってゆくことだろう。
その人もめげずに立ち向かっていっているし、私も立ち向かってゆこうとしている。
そういう意味では外見から受ける印象だけで羨んでみたり、する必要などまったく無いだろう。
所詮、人間は悩みや苦労がつきまとうという点ではそれほど変わらない物だろうし、それに真剣に取り組んで解決してゆくことしか解決の道はないし、自身の向上もないのだろう。

2006年03月25日

●ロードレーサー

車やバイクの免許を持っていないので、長距離の移動は公的機関を利用する。
それ以外は徒歩であったり自転車を利用する。

昔から自転車は大好きである。
自分の運動機関を外的エネルギーを利用することなく拡大してくれるこの不思議な機械には高校時代からのめり込んだ。

自宅から高校までは駅にして5つ隔てた所にあった。
普通に電車通学しても40分くらいかかった。
この通学に自転車を利用することに決めて、最初は中学生の時から乗っていた自転車を使用していた。
この自転車はイトーヨーカドーで1万円くらいで購入した、普通の自転車だったが、ロードレーサーに憧れて、いらないパーツを次々に外していった。
ハンドルもウィングの物をドロップに変えたりした。

軽くなるとそれなりにスピードが出るようになる、が、所詮は安物のフレームとホイールで組まれた物なのでどうしてもストレスがたまる。
それで、アルバイトで貯めたお金と親からの通学費の援助をもらってあこがれのロードレーサーを買うことにした。

まず、サイクル系の雑誌を買ってきて2~3号読みながら巻末の様々な自転車屋の広告から安いところを探して選んだ。
幸い自宅から近くに安い値段で比較的良いパーツとフレームで組んでくれる店を見つけたのでそこにお願いした。

色はシルバーで、やはり、本格的なロードはバランスの良さとパーツの良さで乗ってすぐに風のように走れた。
当初35分くらいかかっていた通学が25分で済むようになった。

その後もその自転車はパーツを換えたり、削ったり、なるべく軽くなるように精力的に手を加えていった。
さすがにチューブラ(チューブレス)タイヤこそ履かなかったが、そのほかでかなり削って10.2Kgまで落とした。

自転車という物、特にロードレーサーという物は如何に無駄や贅肉をそぎ落として軽く、速く出来るかがポイントになる。
それが究極になると競輪で使うトラック用のピスト車(ギアもブレーキもない)物になるのだろう。

そういう、ギリギリのせめぎ合いみたいな物を一度憶えてしまうと、面白いものでこれは生活信条にも現れてくる。
家の中の無駄な物を処分したり、自らの身の贅肉をそぎ落としたり、はてはデザイン信条にも現れるこれらの原点が実はここにあるのではないかと思う。

ただ、今はロードレーサーには乗っていない。
やはりロード用の細いタイヤはスピードは出るが路面のコンデションに影響を受けやすく、従ってパンクしやすい。
パンクのたびにウンザリしながら修理するのも面倒である。
そういうことが繰り返されると路面の影響を受けずにちょっとやそっとのガラス片やら金属片くらいならはじき飛ばすタフさが欲しくなる。

なので、今はかなり太めのタイヤとダブルサスペンションのGIANTのWARP DS1というMTB に乗っている。
これはプチダウンヒルもこなすくらい、とても丈夫で実用的で乗り心地が良くてスピードも出るんだけど、やはり、たロードで風を切って走るあの感覚も懐かしく憧れるのである。

2006年03月24日

●髀肉の嘆

冬場は寒さで身が縮こまり、運動不足になりがちである。
今年に入ってから特に身体が重く感じる日が多かった。

先月の終わりくらいに、入浴していて、太ももから腰、下腹当たりにうっすらと積もってきたお肉を見るにつけ、髀肉の嘆を感じ、体重制限をすることにした。だいたい、身長170センチの私のベスト体重は55Kg~60Kgでこれを超えると怠さを感じるようになる。

たぶん今年に入ってからの体重は65Kgを超えてしまっていたんじゃないかと思う。
腰回りからは29インチ、でもお尻が大きいので30インチのジーンズをはいているが、これでもちょっときつく感じられるようになった。

20代の頃はいくら食べても食べても、まったく太る兆候はなかった。
友人達にも「あんたが食べたものはいったい何処に行くんだろうねぇ?」とずいぶん不思議がられていたものだった。
まぁそのぶん、仕事でハードに立ち回っていたこともあったし、身体の目に見えないところに蓄えられていたのだろうと思う。
ところが30代になってから、徐々に"地球の重力"というものを、嫌でも意識させられるようになった。
摂取したら摂取した分だけ、比例して身体の外側に雪のように降り積もる。

実は我が家にはヘルスメーターは無い。
そんなに高い物ではないので、いつでも入手できるのだが、店先で選んでもデザインが気に入らなかったり、いざ買おうとしても荷物になるからと遠慮したりととかく縁がなかった。
まぁ無ければ無くても特に困る物でもないので、結局、家を出てから一度もヘルスメーターという物を持ったことがない。
でも、時々、他所で見つければ、とりあえず乗って計ってみているので、体型からほぼ正確な体重を推測することは出来る。

2月の終わり頃の"髀肉の嘆"から「このまま醜く立ち腐れてゆくなんてまっぴらだ」と食事制限をして、だいぶベストな状態に戻りつつある。
私の現在の生活スタイルからハードな運動を続けてゆくことは無理なので、「出」の方ではなく「入」の方を制限した。
運動は軽いストレッチと掃除を兼ねたエクサイズくらいだ。
余談だが、掃除、特に拭き掃除は真剣にやれば結構な運動量になる。体温も上がり、周りも綺麗になって精神衛生上にも良い。
大事なことは、1日の摂取量を身体が必要としている量以下に抑えることだ。
必要としているだけ摂取するだけならば+-0である。
これがマイナスになるから、今まで身体に貯蓄された物を使うことになる。
ちょうど、ラクダが砂漠を横断するときに瘤に溜め込んだ栄養を使ってゆくのに似ている。
身体の方がその生命活動を維持するために、うっすら積もった「貯金」をせっせと使い始める。説明すると簡単だが、やはり、食欲は嫌でも出てくるので、有れば食べてしまう。そこで、

1)家の中に余分な食料を一切置かずに、だいたい1日半食べる分だけこまめに買いに行く。
2) 22時過ぎ、特に寝る前は何も食べない。(お腹が空いて眠れそうにないと感じることもあるが、睡眠欲が食欲に勝れば自然と眠れる。)

この2点だけを気をつけた。私はどちらとか言うと出不精な方なので、中には忙しくて面倒だから買いに行かない日もある。
こういう時は我慢できるならば我慢して半日くらいゆで卵1個とお茶だけで過ごしてしまう。現在の体型から判断すると体重は56~58Kgであろう。もう少しで目標の55Kgになる。
30インチのジーンズもベルト無しだとユルユルである。
女性の場合はちょっとポッチャリぐらいが丸く柔らかい印象で丁度良いのだが、男の肥満は自分の美的感覚から最も遠い物となる。
ましてや、自分自身がそうなるのは許せない気持ちになる。

ベスト体重に近づくと身体が軽くなって、不思議と肩こりも無くなる。
何となく五感も研ぎ澄まされてゆく感じである。
栄養というのは摂りすぎてそれが余るようになると決して身体に良い影響は及ぼさないのだろう。

過去にも何度かこういう体重調整はやったことがあるので、自分にとってこれが一番合っていると思うが、決して万民受けではないだろう。
それぞれの生活習慣や環境に応じてやり方も色々あると思う。やはり、格好良く歳は取りたい物だと願う今日この頃だ。

2006年03月23日

●禁煙・喫煙 その2

喫煙は嗜好(しこう)か病気か、たばこの在り方が変わろうとしています。
4月から診療報酬の改定によって、たばこがやめられず、「ニコチン依存症」と診断された人に対する禁煙治療が保険適用になります。
ニコチン依存症が病気と認められることになりますが、たばこメーカーは反発しています。
喫煙は嗜好(しこう)か病気か、たばこの在り方が変わろうとしています。

前回のエントリに、喫煙者は「ニコチン中毒」という立派な病気なのだから、国は禁煙プログラムに補助金を出すべきだろう。と書いたが4月から診断によっては保険適用がされるという。
依存度の高い人で止めたい思っている人はこれを機に禁煙できるチャンスだと思う。
これで全て解決というわけではないだろうが、少なくとも禁煙を志す人に対しての財政的な支援にもなり、より選択肢が広がるので、歓迎すべき事だろう。

この制度に対して煙草メーカーは反対を表明していて、「煙草が身体に害を及ぼすことは否定しないが、依存度は弱いはずで止めようと思えば個人の意志で止められるので病気ではない」などと時代錯誤も甚だしいコメントを出していた。
メーカー自らこういう態度だから、いわゆる世間の嫌煙家から厳しい目で見られるのだろうと思う。
ニコチン依存から抜け出そうという個人の意志よりも自分たちの利益を大事にする、まるで、薬付けにしたジャンキーから金をせびり取る薬の売人のようなイメージがある。

ちなみに動画ニュースで元ヘビースモーカーで今は煙草問題の専門家のコメントで。煙草は「愛煙家」ではなく「哀煙家」(哀しい煙の囚われ人)であり、「嗜好品」ではなく「死向品」という、いささかオヤジギャグも苦笑いした。

2006年03月22日

●デジタルと紙

最近このブログをはじめとしてメモはキーボードで打ち込むようにしているが、心の隅の方ではまだまだデジタルに対しての疑念がある。
ようするに、全幅の信頼を置けないのである。
誰もが経験があると思うが、デジタルデータは故意や不注意に関わりなく、いったん消去してしまえばみごとなまでに跡形もなく無慈悲に消し去ってくれる。
これは、ちょっとテストでアプリを起動して、試しに作ってみた物でも、数時間、いや、数日かけて作業した成果品でもまったく平等に容赦がない。
そこには意図的に消去する場合もあるし、アプリなどの不具合により理不尽に消し去られる場合もある。
そして、いったん消えてしまったコンテンツはほとんどの場合戻ってこない。

MacOSが今よりもっと不安定だった頃、半日かけて行った作業をいとも簡単に消し去られた記憶があり、それ以来仕事で使うPC環境に対してはかなりシビアになったと思う。
アプリやOSのメジャーアップデートにしても、人の評価はあまり鵜呑みにせずに、さまざまな情報をから総合的に判断し、まず試験的に導入してから徐々に本格運用してゆくようにしている。
とにかく信頼性と安定性に重点を置いて、どちらかというと「枯れた技術」を好んで使う。

話がずれたが、デジタルは信頼性においては遙か昔のパピルスの時代から現代まで積み上げられた「紙」には遠く及ばない。
それはデジタルデータ自体に書き込まれる生地となるメディアそのものの危うさを起因とするのであろう。
書き込み、書きだし、コピーが容易な分だけ、消去の容易さもまた、つきまとう。
紙ならば数百年、数千年の安定した保存の信頼性が現存として明かされている。

以前にNiftyのシステムに侵入してそのアクセスログを消去して、形跡を消そうと試みた者がいたが、その犯行はすぐさまバレてしまった。
彼は凄腕のハッカーで、アクセスログからは綺麗サッパリ足跡を消し去っていたのだが、それでも発覚してしまった。
なぜなら、Niftyでは一定時間を過ぎたログはすべてプリントアウトして保管していたからだった。
いくら凄腕のハッカーと言えども、紙に記録された足跡までは消し去ることは出来なかったのである。

たいがいの読み物は電子形式で済ませている私でも、これはと思う物は書籍などの紙の形で入手している。
デジタルデータ自体は電気の供給がないと閲覧が出来ないという欠点があるからだ。
逆に雑誌程度で得られる情報なら、ネットを徘徊していれば知ることが出来る。
テレビもないし、新聞も取っていないが、ネットがあればその手の情報で不足を感じたことはない。

それで漏れる情報もあるだろうが、この情報の氾濫の時代、その漏れた情報が重要だと誰が判断できるであろうか?
たいがいは、広告等が絡んだ何らかの意図が見え見えの情報が多いように思える。
これも、情報のコピーが容易なデジタルの弊害の一つといえよう。
不確かな情報がそれこそ雨後の竹の子のように蔓延しているのが現代のように見える。

紙の話に戻るとブログのデータも、紙に出力して保存を確実な物としておく必要が時期がそのうち来るかもしれない。
ただし、コピー用紙にただプリントアウトしただけではあまりにも味気ない。
もしかしたら既にあるかもしれないが、ある程度まとまったブログを製本の形にして1~3冊くらいでもオーダーできるサービスがあればいいともう。
既にiPhotoからは個人の写真集の小ロット出版サービスがあるくらいだから、ブログもそろそろあるのではないか?

2006年03月21日

●マイ・シンプル・ライフ その2

一人暮らしを始めた頃の家は洗面所もなかったので、水回りはキッチンだけだった。
そのキッチンもとても些細な物で、小さな流しと小さなまな板がのる程度の調理台と、コンロを置くスペースだけだった。
今でこそガステーブルで3つ一緒に鍋にかけつつ、ガスレンジも使えるのだが、その頃はガステーブルもなくコンロで着火はライターもしくはマッチで行っていた。
調理器具と言えば、電子レンジは勿論のこと炊飯器もなく、大きな中華鍋と、パスタを茹でる鍋とミルクパンしかなかった。
ヤカンもなかったので、お茶はのお湯はミルクパンで沸かしていた。
ガス湯沸かし器もなかったので、冬場の朝の洗顔もミルクパンでお湯を沸かしてそれを耳ダライに移して、そのお湯で顔を洗っていた。
狭くて物がなかったがその代わり掃除は簡単だった。(掃除がしやすいということは狭くて物がないことの一つの利点である。)
冷蔵庫もなかったのでその日に食べるものはその日のうちにこまめに買ってきていた。
ある意味スローフードな生活をしていたと思う。
貧しく少ない食材で如何に美味しく料理をするか毎日が実験場のようでもあった。
あの頃に色々と試行錯誤してきたことは結構今でも生きてきているように思う。

2006年03月20日

●清掃

掃除が好きと言うほどでもないが、綺麗で清潔な環境は大好きである。
フローリングにほこりがうっすら積もっていたりするとそれだけで気持ちが塞ぐこともある。
掃き掃除には小さな箒を使って、高い方から順に天井から照明から壁から掃いて細かなチリを掃き落とす。
壁にも結構、埃が引っかかっていることがよく解る。
テーブルの上などを掃き終わり、床で集めてちり取りで捨てる。
終わったら、いよいよメインの拭き掃除である。
やはり、掃除と言ったらメインは雑巾がけなどの拭き掃除である。
これに比べたら、掃き掃除など序盤の序盤にすぎない。なので掃除機はメインにはならない。
物に積もったチリやホコリを払うだけでは、なかなか綺麗になった感がないが、この拭き掃除でやっと落ち着く。
長い間、たとえ使用しなくても置いておくだけで細かいチリや汚れが付いてしまう。
煙草は吸わないので脂が付くことはないが、それでも運命的に薄汚れてきてしまう。
それを、丁寧に拭き上げてあげると、まるで物、本来の正当な存在価値を見いだしてあげるようで、生き生きしてくる。
さすがに新品同様とは行かないが、たとえ細かい傷が付いていても、逆に味としていとおしくさえ思えてくるものである。
これは拭き掃除をする前の単なるだらしない薄汚れて古ぼけて見えるだけとは次元を異にする物である。これは、手に取れる物に限らず、家具でも床でも同じである。本もラミネート加工がされていれば雑巾がけする。
ちゃんとメンテナンスして大事に扱ってあげれば、道具などは期待に応えた働きをしてくれるものである。
だから、PCなどに埃がたまりっぱなし、脂が付きっぱなし、キーボードも汚いままで、「調子が悪い」などという人を見ると、大事に扱ってあげていないんじゃないかと言いたくなる。そういう人は外見は勿論のことHDDの中身にも結構無頓着で、わたしがPCなら、こりゃへそを曲げちゃうなぁって事も良くある。
やはり、人も物も大事に扱ってあげることが長持ちの秘決だろう。

2006年03月19日

●マイ・シンプル・ライフ

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20代に初めて家を出て、住んだところは、1DKのアパートだった。
1階がカウンターで呑める焼鳥屋で2階が我が家というちょっと変わった作りだった。
錆び付いたスチールの階段をトントンと上がるとうちの玄関。
立つのがやっとの玄関に入ると右手に台所左手に和式のトイレがあった。
その奥が6畳の和室で建坪率の関係か角の一角が削られていた。

引っ越した当時は本当に貧乏で何にもなかった。
冷蔵庫も洗濯機も電話もテレビもラジオもなかった。
お金がない生活というのは驚くくらいシンプルになる。
6畳の部屋にスチール製の事務机にMacintosh Plusが置いてあり、あとはステレオ装置とレコードが80枚くらい後は本が大量にあるだけだった。
引っ越した時は部屋全体の壁は汚く、かなり荒んだ印象があったので、まずはペンキを買ってきて塗り替えた。
和室の方は壁は極薄いグリーンに塗って、柱は大胆に黒に塗った。
写真ではまだそのままだが、天井は木製の板で雨漏りの染みが目立っていたため、塗ろうかとおもっが、ローラーで塗るには作業がしにくく家具にペンキが落ちる可能性が有ったので、シーツなどに使う天竺という木綿布を買ってきてそれをピンで留めていた。
トイレの扉の横にはピカソの「ゲルニカ」の絵を額に入れて飾っていた。
何もないので、出かけるときは現先の電気のブレーカーを上げて行く。
なので、外出時の電気の消費は全くなかった。

玄関の鍵は外からかけるタイプではなくて内側のノブのボタンを押して戸を閉めるとそのまま掛かるという極めてイージーな物だった。
そのためしばしば、部屋に鍵を忘れたまま玄関の扉を閉めてしまうこともあった。
そんなときは近くから脚立を借りて2階の窓から入り、玄関の鍵を開けた。
後日、玄関扉のガラスをずらす(説明が難しいがそもそもガムテープではり付けられているだけの物だったので)そこから手を入れてノブを回せば入れることが判明した。
まぁ、とても貧乏な家だったので取られるような物は特になくて(Macもその頃は型落ちであまり価値はなかった)その点本当に気楽だった。

その頃はまだ浪人生活だったので、昼間は小岩にある印刷制作会社で働き、夕方には新宿にある美術研究所で(芸大美大の予備校)に通っていた。
帰宅はだいたい10時くらいだった。
帰りに近くの酒屋で700ml入りのドイツワイン「カッツェ」(黒猫のラベルのヤツ)と大ぶりの柿の種を買って呑むのが楽しみだった。
冷蔵庫がないのでワインはその日のうちに空けていた。
テレビやラジオがなかったし、もちろん新聞も取っていなかったので娯楽はもっぱらMacと読書とレコード鑑賞である。
レコードは80枚くらいしかなかったので、同じ曲を繰り返し聞いていた。

電話がないためどうしても私に連絡が取りたい人はしばしば電報を打ってもらって、近くの公衆電話から連絡した。

風呂は歩いて10秒の所に銭湯がありそこを利用していた。
12時に閉まってしまうので、それ以前に駆け込まなくてはならない。
家の前を銭湯へ行き帰りの人が楽しそうに歩く笑い声が良く聞こえた。
何となく風呂上がりの石鹸のにおほいまで届いてきそうで良い思い出だ。

1階の焼鳥屋も賑やかで良く笑い声とか時々カラオケの声が響いた。
その時は不思議とそれほど騒がしいという気はしなかった。
何にもなかったけど、ああしたいこうしたいという夢や希望は沢山あった。

今思えば、あの時期も人生で最良の日々だったように思う。

2006年03月18日

●ホットレモネード

レモンが安かったので、まとめ買いしていた。
もともと焼き魚にかけるつもりだったんだけど、それではあまり消費しない。
そこで、最近はホットレモネードを作って飲んでいる。
レモン半分をマグカップ1杯分に絞り、砂糖を適量入れてお湯を注ぐだけ。
はちみつが有れば最高なんだけど、でもまぁ無くてもおいしい。
よく、レモンX個分のビタミンCとかうたい文句にしている商品があるけど、こちらは正真正銘(笑)レモン半個分の"天然"ビタミンC。
これを飲むと、身体が温かくなって、気分がスッキリしてリフレッシュできる。
天然なので身体にも良さそうだ。市販で売っているCCレモンとかはちみつレモンとかレモンX個分が入っているらしいが、酸っぱさではこの天然レモン半個分の飲み物に明らかに劣る。
ビタミンCと砂糖を大量に入れた水という感じである。
レモンの濃厚な酸っぱさを求める私としてはいささか役不足なのである。
その中でも比較的良心的と思えるのが不二家のレモンスカッシュである。
あの黒いラベルに白い水玉模様が昔と変わらず頼もしい。
ただし、あまり売っている店を見つからない。
たぶん仕入れ値自体が高くて、利益率が悪いので店側としてはあまり置きたくない商品なのだろう。
時々、見かけることがあっても結構高い。
はやり、ここはレモンから絞り出して自分で作った方がはるかに美味しく安上がりになるようだ。
問題はレモンそのままならば多少の日持ちはするが、切った後は早めに使い切らなくてはならない。
防腐剤とかは使わないのだからこれは仕方がないだろう。
逆に言えば、市場に出回っている商品の多くは、在庫の利便性を考えて、このいらない防腐剤などを使っている。
フランス人はパンを買ったらその日のうちに使い切り、余った分は捨てるのだという。
たとえ、面倒くさくても、その日に食べるものはその日に買いに行くという、そんなこまめさも大事だなと思う今日この頃である。

2006年03月17日

●災難とゆとり

最近、とくに度重なる災難でゆとりがない。
普通の人はこういう災難に備えてゆとりを持っている物だろう。
しかし、私の方は持ち前のお気楽さからその時その時で対応してしまうので、度重なるとちょっとしんどくなる。
予定していたことがその通りに進まなかったり、頼りにしていた物がダメになったり、都合の悪いときにさらに追い打ちがかかったり、ここまで酷くすることはないんじゃないかなと正直思う。
便利な世の中になったが、その反面なかなか生きにくい時代になったように思う。
何でもかんでも「勝ち」「負け」の2極で判断して、そもそもその土俵に上がろうとしない者でも、しっかりと影響を受けている。
私の望みなどは、ほんのささやかで、平穏な暮らしを望んでいるだけなのに...。

今までだってこれくらいの度重なるダメージも乗り越えてきたし、今回も、何とかこの難関を乗り切ってゆけば、少しは楽になりそうな気がする。
でも、「雪山の寒苦鳥」じゃないけど、苦境の最中は深く反省して、今度こそ「ゆとり」を持とうと決意するのだけど、乗り越えると「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で、すっかり忘れてしまう。
いかんよなぁ。

2006年03月16日

●青竹踏み

疲れが貯まってくると決まって足が重くなる。
足がむくんで重くなり、その気怠さが全身に行き渡る感覚だ。

低血圧のせいか、こうなると全身が冷えて、身体の機能や免疫が低下してくるようになったら要注意である。
暖かい湯船に入って、体温を上げて機能回復を図るのだが、気怠いときは長時間の入浴も億劫になってしまう。若いときと違って疲れた身体は横になったぐらいではなかなか回復しない。
いくら身体が怠くて面倒くさくかんじられても、意識してメンテナンスしないと、回復が難しい歳になってしまった。

身体を日本刀に譬えると、若い頃は多少無茶な使い方をしても、たとえ多少刃こぼれなんかおこしたとしても、眠っているあいだにに小人がでてきて、せっせと刃物を研いでくれていたようなものだ。
それがこの頃はその便利な小人の姿が見えなくなり、しかたなく自分自身で研がなくては切れ味が回復しなくなってしまった。
(当然、刃こぼれなんかおこそうものならば、それこそ研ぎ終えるまでに相当な時間を要する)

疲れの回復には脱皮が有効であるが、これも億劫に感じられるような酷い疲労の時には青竹踏みをしている。
硬質ゴム製でちょっと濃いめのミントグリーンで突起がいくつも付いた青竹踏みでかれこれ10年以上愛用している。
ゴム製なので汚れたら丸洗いが出来るのがよい。
今なら塩ビ製で同様の物も100円ショップでも売っている。
これでも効果は変わらないだろう。

普段調子の良いときには、デスクの下に常駐していることすら、ついつい忘れがちだけど、疲労がたまって意識して回復を図るときなどには、とても頼りになる相棒である。
PCで映画でも観ながらその前で青竹踏みで足裏に刺激お与え、凝りをほぐすと、かなり楽になる。
低血圧なので、どうも血の流れが弱く、重力よって身体の下の方に落ちた疲れの要素がそのまま止まって貯まってしまうようである。
このオリのように固まった疲れの要素を、青竹踏みでほぐして流れをよくすることで全身がだいぶ楽になる。

一時期、やりすぎて足の裏の皮が厚く固くなって、突起の圧ではツボに届かなくなってしまったことがある。
こういう状態になるとまるで「北斗の拳」のハート様のようである。
ちょっとやそっとの突きでは秘孔にまで届かず、「全然効かんなぁ」と言うわけである。
なので、足裏の皮が厚くなったら、いつもの足だけ脱皮を行い、足裏を柔らかくしてやるとまたツボ押しが効く状態になる。

こういう「たとえ億劫でも、これさえやれば、確実に回復が見込める」って方法は、いくつかストックしておいた方が良いかもしれない。

2006年03月15日

●公私混同

ここのところ、「ウィニー」から、公的機関や企業や個人の情報が流出事件が相次いでいる。
今日もTBSの番組スタッフのPCから、情報漏洩の事件が報じられていた。

ウィニーに衝撃、芸能界困惑…住所、電話番号流出
TBS系の人気番組「さんまのスーパーからくりTV」の内部情報が流出して関係者の間に衝撃が走っている。出演タレントや素人の出演者などは、個人情報の流出に「驚きました」などと大困惑する。ファイル交換ソフト「ウィニー」を導入したパソコンが暴露ウイルスに感染して起こる情報流出騒動は、もはや暴走状態で、政府が14日、国民にパソコン情報の管理の徹底を呼びかけることを決めるなど日本列島を揺るがしている。

まぁ、「ウィニー」をインストールして、それを起動している時点で、もぉ「プチ犯罪を犯す気マンマンじゃん」って感じで、あまり同情は出来ない。
私の環境はMacなので幸いこの手のウィルスに感染したことは過去にないけれども、それでも気付く範囲で気をつけている。
ファイアーウォールを適切に設定して、こちらが不許可なアプリケーション以外での外部の接続は許していない。
だから、もし、怪しげな動画に偽装してそれを閲覧時に外に?に行こうとしても、それは遮られることになる。

だから、きっと、これらの事件の被害者?達もそんな動画ファイル中に埋め込まれたウィルス実行ファイルにやられてしまった物かと思って少し同情した。
だけど、Winを使っている友人に聞いてみると、くだんのファイルは決して動画に埋め込まれた物ではなくて、「映画のタイトル名+.EXE」ファイルで映画のタイトル名はその都度変わるけど、容量と拡張子は変わらないそうだ。
これを聞いて、なんだ、ただのウッカリさんじゃないかぁと1%くらいはあった同情もすっかり消し飛んでしまった。

だいたい、PCの知識もない人が、のんきにファイル交換にネット接続すること自体がかなりデンジャラスだと思う。
しかも、仕事のデータの入っているPCで接続するなんて、私物のパソコンでもこれは「公私混同」だと思う。

一昔前ではこの手のウッカリミスの不手際くらは、たぶん内輪のかばい合いで有耶無耶になっただろう。
しかし、現在ではその流出物そのものが世間に広く出回ってしまうのでこれは隠しようがない。
別に芸能人の住所が出回ったくらいならそれほどの大きな被害はないだろうけどこれが防衛庁とかの内部情報などだと国防に直接関わってくる。
もし、その流出元が特定されればこれはもぉ国民の生命財産を危険にさらしたと言うことで、重罪に科してもいいくらいだと思う。

でも、上のニュースのくだりにこんな一文が目に入った。

最近も海上自衛隊の護衛艦から大量の機密情報が、陸上自衛隊からは化学テロ情報やレンジャー部隊の教本などが流出したばかり。自衛隊では隊員が任務で私用パソコンを使用するのを防ぐため、大量の新規パソコン導入を決めるなど対応に追われる。

これって、元もと、任務で使う道具を用意して無くて、私物でまかなっていたって事じゃん。
こういう、必要な什器を用意する頭がないって、やはり上の方の考え方の古さにも大きな問題がありそうだ。

2006年03月14日

●Movable Typeとecto

MovableTypeの設置が終わり、まだデザイン面で詰めていないけど、機能は使えるようになった。
そこで、ローカルブログ作成支援ソフトで一番メジャーなectoを使って、エントリの投稿試験を行ってみた。なるほど、ectoはこの手のソフトで、一番人気があるだけに、とても使いやすい。
基本はecto で作成したエントリをブログシステムへ書き込むのだが、以前にブラウザから書き込んだエントリもちゃんと吸い上げてくれる。
まだ試していないがエントリに付いた他人のコメントもちゃんと吸い上げてくれるのだろう。
ローカルとサーバを見比べて相互の変更点をマージしてくれるようだ。
写真の張り込みは、iBlogの用にコピー&ペーストでは行かず、メニューから添付を選ばないといけないが、iPhotoと連携が可能で、iPhotoにブログ用のアルバムを設けてそこから添付写真を選ぶことが出来る。
張り込んだ後に、大きさを変更することも出来るのでこれはこれでとても楽である。iBlogはローカルで一度、XMLに変換して、それをサーバにアップするという、処理の手間と、処理後の容量の大きさからのアップ時に時間がかかる。
とはいえ、これはectoと比べて、手間と時間がかかる事が実感できるだけで、iBlogだけ、使っているときはそれほど意識はしなかった。
でも、ブログの内容のちょっとした表記を変えたりするときにはやはりectoのような瞬時に更新の方が有り難い。
まだ完全に使いこなしていないので、例えば引用文を、囲みたい場合とかまだ使い方が解っていない。

あと、大事なことだけど、egtoはシェアウエアで使い続けるには費用が必要だ。
私のブログの方針はとにかく無料で構築・運用するということである。
サーバ側の高機能ブログシステムのMovableTypeは個人向けには無料で供給してもらっているのに、たかだかローカル作成支援ツールで、有償になるのはちょっと何だかなぁという気がする。
まだ、2週間のお試し期間中なので、この間に他によいツールがないか探してみる。

2006年03月13日

●花粉症

数年前から花粉症キャリアである。
それまでは、まるで他人事だったのに、ある年から急に辛くなった。
なんでも、身体の中に花粉の要素が貯まってゆき、ある量を過ぎるとまるでコップから水が溢れるように、症状が発生するらしい。
その話を聞いたときに、自分の身体の中で雪のように深々と降り積もる花粉をイメージしてしまった。
積もった雪を雪かきするように、身の中の花粉もかき出せればいいと思うのだけど。で、今年は花粉の量は比較的少ないようである。
去年はひどかった。
発症時は鼻呼吸がまったく出来ないくらいである。
そのため、毎年この時期の思考能力は45%くらいダウンする。
厳しい冬から暖かい春になる、とても晴れがましい時期なのに、この忌々しい花粉がその幸せに水を差すような気がしてとても忌み嫌う。幸い今年はまだ全然発症せずに楽に過ごしていたのだが、その平穏な日々をぶちこわすヤツが現れた。
一昨日、妹が来て、「あんた、花粉症じゃなかったの?」と聞かれて、「へっ?数年前からキャリアだけど?」と答えると、「今日は花粉がすごいってニュースで言っていて、私も目がかゆくて仕方がないのよねぇ。なのにあんたは平気でいるのなら花粉症じゃないんじゃない」などとのたまわった。
本人が気付かずに平穏に暮らしていたのに、こんなことを言われてしまっては、もうぶち壊しである。
なんだか自分も鼻がつまってきて、目がかゆくなってきた。
そんな本人も気付いていないことを言わなければそれで済むことなのにわざわざ告げて、人に発症させるなんてまったくひでぇ野郎だ。
結局、マシンの環境構築作業のお礼に花粉症発症を告げに来たんじゃないかと思えるほどだ。
でもまぁ逆に考えて、結局は、本人の意識で発症も防げるのではないか?と思う今日この頃である。

2006年03月12日

●一杯の幸せ

昨日は用事で都心の方まで足を運んで、用事を終わらせたのが夕方ごろだった。
一昨日が妹のマシンのメンテでほとんど眠っていなかったので、もう、その頃は意識がブッ飛びそうだった。
そんなフラフラの状態のまま帰りたくもなかったので、近所の友人宅でコーヒーでも頂いて覚醒させてから帰ろうと連絡したら、幸い居たのでよかったよかったと伺った。もちろん、ただ単にコーヒーを恵んでもらいに間抜け面で訪れたわけではない。
先日、友人宅でセットアップしたPCの環境で、大事な設置を忘れていたことを思い出したからだ。
自分がせっかく設定しても、抜けがあったら、不具合の元になるかもしれず、それが気になって仕方がない。
ちょうど、靴の中に紛れ込んでしまった小石のように折に触れてその存在を意識させられる。しかし、その時は、コーヒーで意識を覚醒させることがメインで、マシンの設定は2の次であった。
友人宅ではちゃんとした、美味しいレギュラーコーヒーを出してくれるので、これはとても重要なファクタであった。
これが不味いコーヒーを出すところだったら、そもそも寄る気になっていたかどうかは怪しい物だ。
注)あくまでもその時の惚けた意識で思い出していたかどうかという事で、決して寄りにくい場所というわけではない。むしろ、
意識の覚醒 → コーヒーが飲みたい → 近所の友人宅 → そうだっ!マシンの設定がまだだった。
という思考の流れで見てもらえれば、ほぼ正確であろう。なので、コーヒーをもらって覚醒して、少し設定作業をして休んだら、早々に引き上げるつもりだったが、おしゃべりしているうちに、夕食を食べに行き、映画を一本観て、気付いてみたらまた終電だった...orz深夜に帰ってきて、夜風で身体が冷えたことと、身から花粉を洗い流すためにお風呂に入って、お酒を一杯飲んで、昼間の用事で頼まれ仕事があって、それが急ぎのため、ある程度まで作業したら夜中の3時半だった。
もう、その時はとても眠くてとてもブログなど書く余裕もなかったので、「まぁ、明日でもいいや」と床に就いて、即、熟睡した。
そんなわけで、今日は月曜日の昼になってようやく日曜日分のブログを書き始めている。
まぁ、こんな日もあるさ、と大目に見てください。最近、どういう訳か、コーヒーがとても好きになってしまった。
朝起きてからの、一杯に至福を感じるようになった。
夜の至福の一杯はもちろんアルコールだが、朝にも「これっ!」と感じられる物ができたことはとても幸せなことである。それでも、それほど量を飲む方ではない。
だいたいマグカップに1杯半くらいである。
最初の1杯で起床後のまだ覚醒していない意識の隅々にカフェインが行き渡る快感を感じる。
これが夜のお酒ならば疲れた身体の隅々にアルコールが行き渡る快感になる。
まさに五臓六腑に染み渡る感覚で、それがカフェインかアルコールかの違いだけである。
アルコールでもコーヒーでも飲み過ぎは身体に毒だと思うがこの最初の1杯は確実に「百薬の長」であろう。コーヒーとは言っても、それほど厳密にこだわることはない。
ただ、KeyCoffeeのスペシャルブレンドの粉を紙フィルタを使って、煎れているのだけである。
だから値段もとても安い。煎れた後のコーヒーの粉はこれで消臭効果があるそうだ。
だから生ゴミの袋に入れておくと、嫌な臭いを消してくれる。
この無駄のない合理的な感じがとても気に入っている。

2006年03月11日

●およそ2年ぶりの環境構築

今日は、およそ2年ぶりに妹のPowerBookG4 17"のシステム環境をHDDのフォーマットから行った。
普段仕事で行うぐらいなら、およそ5~8時間で終わる物だが、妹の場合は既存のデータのバックアップや、移動、細かな使い勝手の設定までを行ったので、昼間の1時半から始めて、終わったのが深夜の3時半である。
その間に食事を取ったりもしたが、ほぼ半日くらいはかかったろう。
この最初の環境構築でその後の安定性が決まってくるので、この辺で手を抜くと本当にどうしようもない物になってしまう。
2年前に構築したときにも、ちゃんと手を抜かずに行ったおかげで、かなり使い方の荒い妹でも2年もほぼ、ノートラブルで過ごせたのだと思う。私のシステム構築の基本はUNIXの構築方法を参考に、システムのカーネルなどのコアで動かしがたい物と、ユーザが使用する領域とを完全にパテで切って分けることから始める。これは、頻繁に書いたり、消去したりする領域に起こる、フラグメーションの悪影響からシステム部分守るため、はなるべく触られないよう、パテにまとめて固めるようにしている。
書いたり、消去したりなど、ユーザが使用する領域にも、意識的に使用する領域と無意識に利用する物をまた分ける。
意識的に使用する物とはアプリケーションで作成したデータなどを保存する領域、無意識に使用する物とはシステムやアプリが作り出す仮想メモリの領域である。
その為、ユーザディレクトリごと、入れるパテをDocumentsと名付け、仮想メモリなどを入れる領域をSwapと名付けてパテを切っている。
Swapパテはメモリの約3倍ほどの領域があれば良いだろう。
しかし、ここにはブラウザからのダウンロードの一時保管場所にも使っている。
ネットでブラウジングをしていると様々なデータをダウンロードすることがある。
落として始めている物がいらない物かを判断する物も多く、その為にDocuments領域とはいえ汚したくないのでそれも仮のダウンロードパテに落とすようにしている。
ダウンロードした後に、それがアプリならば起動してみて使い勝手を調べてもし有用ならば、アプリパテに追加する。
また、書類ならば書類パテに移動する。
この辺がちょっと手間と言えば手間なのだが、ワンクッション置くことで、他の領域を無駄に汚すことはない。

とりあえず、これで妹のマシンに新しくOS10.4.5となり、だいぶセキュアな環境ができあがった。
今度は何年持つだろうか?

2006年03月10日

●腕時計

060310

一番最初に、自分用の腕時計を手に入れたのは中学1年の頃だろう。
催事場で親にねだってカルチェのレプリカを買ってもらった。
確か5千円くらい。
当時はまだ時計などは高級品のたぐいだったから、まだ高く、今買えば露天のバッタ物で千円くらいのものだろう。
これは1年くらいでバンドが壊れて、修理もなされないまま、電池切れで何処かに行ってしまった。
次に記憶にあるのは、高校1年の時に初めてバイトした給料をつぎ込んで買った、SEIKO スピードマスターである。
定価が3万8千円で、新宿のさくらやで3万2千円にしてもらった。
あまり、値引きがなかったのは、当時まだ出たばかりだったからだ。
これはもう、自分が気に入って買った物なので良く憶えている。

私にはもともと、腕時計には「これっ!」と決まった理想像があった。
それは、小学生の時に親に連れられて池袋西武デパートの時計売り場で初めて見たオメガのスピードマスターだった。
ガラスケース越しに見たオメガのスピードマスターに衝撃を受けて釘付けになりしばらくその場を離れられないくらいだった。
衝撃を受けた理由の一つに、幼少の時に見た「ウルトラセブン 」でこのオメガのスピードマスターがウルトラ警備隊標準装備品として使われていたことも大きいだろう。
その時の格好良さに「腕時計と言えばこれしかないっ!」って感じで、完全に刷り込まれてしまったようである。
しかし当時の値段でも25万円。
とても、とても、小学生に手が出せる代物ではなかった。
もちろん、好きな時計を選べる高校生の当時でもバイトで稼ぐお金なんてたかがしれている。

そこで、本来ならばオメガを買いたいところだが、到底無理なのでデザインが似ているこのSEIKOのスピードマスターとなったわけである。
代理物とはいえ、バイトの給料をはたいて清水の舞台から飛び降りる気持ちで買った当時はとても嬉しくてずっと肌身離さずにいた。
風呂にはいるときも眠るときもずっと付けっぱなしだった。

後で解ったことだが、この時計はボディに3つのモータを内蔵 する、Cal.7A28をムーブメントに持つ、世界初のクォーツ式クロノグラフとして当時としては画期的な技術だったらしい。
今では同じ機能がもっと安価に出回っているが、その当時ではバイト先のお客から見せてくれと頼まれたほどだった。
これを付けていろんな所に行ったし、数多い傷の一つ一つに色んな思い出がある。
もう人生の半分以上は一緒に過ごしている感じだ。

とはいえ、厳密には、人生の半分以上をずっと一緒というわけではなかった。
25歳になったときに給料をはたいて、ついに念願のオメガのスピードマスターを入手したからだ。
それで、SEIKOの方はもう使うこともあるまいと、妹にあげてしまった。
それから何年か経って妹も自分好みの時計を選ぶようになり、実家の隅で寂しそうにしていた姿を見て、また引き取った。
その時はもう時計のバンドが金属疲労で折れていたので、外して、オブジェとして今でも身近で余生を過ごしている。思えば、高校1年のあの時に清水の舞台から飛び降りる気持ちで買った物だけど、それ以来は故障なく今に至っていて、本当に気に入った物は長く使えるんだなぁとしみじみ思う。

追記:
その後、バンドを以前にオメガに着けていたクロコ革の物に替えて無事に復活した。
オメガが重く感じるときなど時々気分を変えて付けている。
やはり、古女房のように長年肌に馴染んだ物だけに「やっぱり値段じゃないんだよなぁ」としみじみ思う。
おかげで今日も幸せそうに元気に時を刻んでいる。

2006年03月09日

●Movable Type導入考 その2

 導入までにけっこう時間がかかると思っていたが、マニュアル通りに進めていったら、すんなり、インストールは出来た。

060309

 ただし、これではまだ見かけがディフォルトのままで、これで終わらせてはMovable Typeを導入したメリットは自分のサーバに複数のブログシステムを置ける事ぐらいか。
 そもそも、Movable Typeの個人使用の条件として1サーバに1ブログということなので、これを超えると有料になる。
 また、ブログを2つ以上も更新し続けるほどの気力もないので、メインのブログシステムにするべく、ここから色々とカスタマイズしてゆこうと思う。

 とりあえず、html上に埋め込んだcgiが走るように「.html」を「.shtml」に変更。
 あと、現在 iBlogで使用しているブログページのスタイルシートとかindexページのソースタグとか無造作にぶち込んでゆく。
 この辺、別に現在進行中のメインで使用しているブログではないので気楽なものである。
 不具合が出たら出たで、サッサと削除して元から構築すればいいだけである。

 追記:  う~ん、やっぱりiBlogで使っているスタイルシートの流用では上手く表示されなくて、これ向きに新たに作り直す必要がありそうだ。
 このままではあまりにも無様なので、MovableType用のテンプレートがたくさん置いてあるサイトから一番クセのなさそうな物を落として設定してみる。
 これを白いキャンバスとして、少しづつ手を加えていって、これでOKという確信が持てたらメインのコンテンツを移動してこよう。

 まぁ、ここまで来たから後は単なる見かけのこだわりの部分だけなのだが、むしろこっちの方が時間がかかりそうだ。
 ただ、ブログシステムのエンジン部分でメジャーでしっかりした物を選択したので、機能追加などに余り頭を使わずに済みそうなのが嬉しい。
 そもそも、私はプログラマじゃないので、自分のプラットフォームのデザイン以外で行き詰まってそこから先に進めないという自体がとっても辛いのである。
 デザインで試行錯誤したり色々悩む分には、あまり苦にならないし、むしろ楽しいと思う。
 やはり、人間、得手不得手があるから、不得意な部分はなるべく簡単で安定した物で済ませた方がよいのだろう。

2006年03月08日

●Movable Type導入考

ブログシステムにiBlogを選択して約3ヶ月くらいが経っている。
普段のメモをエントリにして、ローカルでXHTMLに変換してそのままサーバにアップしている。
一連の作業は自動化できるところは自動化して、それほど苦にはならなくなってきた。
現状のまま続けてゆくのには楽だろうが、レイアウトやナビゲーション項目をちょっとブログシステムを手直ししたいと言うときに、もともとそれほど機能が備わっていないので、有志のユーザメンバーによるパッチなどでアクロバット的な解決方法しかない。

そこで、一般のブログサービスも広く採用されているという、Movable Type の導入も検討に入れようと思う。
幸い、個人ユーザに対してはこのプログラムは無償で供給されていて、手軽に試すことが出来る。

そもそも、これを使ってみようと考えたきっかけは、MacOSXでのローカルブログ作成支援ソフト を再度、物色していて、いままでスタンダードだと思っていたiBlogがかなりシェアの少ない亜流ソフトらしいと解ったからである。
もちろん、シェアが少なくても使いやすければ問題がないのだが、前記のようにちょっとしたカスタマイズをするにもアクロバットな設定が必要になって、面倒に感じたからである。
加えてiBlog自体がシェアの少ない、個人の開発ソフトと言うこともあり、iBlog2.0のベータ版を見る限り、この先の不安も感じたことも確かだ。

シェアの大きいローカルブログ作成支援ソフトには ecto とか MarsEdit などがあるが、どちらもローカルでXTMLに変換すると言うスタイルではない。
外観は別に、サーバで設定して、そこに投稿する内容のみを管理するというスタイルだ。
内容の中には文字の書式、写真等のコンテンツも含まれるが、基本はメモだけの保存管理である。
まぁ考えてみればローカルでXTMLに変換してからアップするというiBlogの方が特殊であるのは理解できる。
これはPHPやCGIの使えないサーバには有効だろう。
だけど私の契約してるサーバはPHPもCGIも普通に使えるため、ブログエンジン部分をサーバ側で管理する方がローカルのメモがスムーズに管理が出来そうだ。
その方が日に日に重くなって行く、XHTMLのアップに時間がかかることもなく、普通のブログと同じようにその日のエントリだけの追加で軽くて早く更新が済みそうだ。
今すぐにiBlogから移行するつもりはないが、次の準備として少しづつ整備してゆこうと思う。
こういう事もあろうかと、ローカルでブログエントリ内容を保存管理するスタイルにしているので、比較的簡単にコンテンツの移動が可能だ。

...しかし、Movable Type のプログラム内容は全部で1069個もあるよ...。
これ全部にパーミッション設定をして、動作チェックして、不具合があったら、もう一度辿ってみるって言うのはけっこう骨だな...。
まぁ今日が初めてだから軽く流す程度にしておこう。
追記: パーミッション設定をチマチマやりながら「こんな事は人間のやる作業じゃないよなぁ」って思いながら、拡張子によってパーミッション設定を検索・置換が出来ないかな?とその機能項目を探したが無かった。
しかし、サーバに転送時にファイル形式ごとにあらかじめ、パーミッションが設定できて自動的に割り振られる機能がある!!
やったぁ! すごいぞ!Transmit !!

以下はヘルプから書き出し

アップロード項目のアクセス権を自動で設定するには、Transmit(メニュー) > 環境設定 を選択します。

“転送" ボタンをクリックします。

“アップロード項目のアクセス権を設定" にチェックします。

“編集..." ボタンをクリックします。

設定ダイアログの操作方法は以下です:

既存の設定を変更するには、変更したい拡張子を選択した状態でアクセス権の各チェックボックスをオン/オフして設定します。UNIX に精通しているユーザは、直接 “777" というようにコードを入力して設定することもできます。
拡張子を変更するには、その拡張子をダブルクリックします。
拡張子を追加するには、プラス(+)ボタンをクリックし、拡張子を入力後 [return] キーを押します。
拡張子を削除するには、削除したい拡張子を選択した状態でマイナス(-)ボタンをクリックします。
“OK" ボタンをクリックして編集を終了します。

やはり、こういう単純作業を人間がしちゃダメだよねw

さらに追記:これだけの分量のプログラム内容だから、行き当たりばったりではなくて、ちゃんと調べてから設定してアップしようと、ロリポの鯖での Movable Typeの具体的な設定項目を検索してみたら
出るわ出るわw 特にロリポのマニュアルにこの Movable Typeの設置方法が解説 してあってかなり心強い。
やっぱりこういうメジャーなツールは情報も多くて導入が楽だわ。

2006年03月07日

●戦士の終わり方

メンテナンスソフトとして昔からDiskWarriorに大きな信頼を置いて使用しているが、
ここ最近、メンテナンス終了後のログの保存選択ダイアログがでて、どの選択ボタンを押しても強制終了する。
まぁメンテナンスは終わらせているのでよいのだが、HDDを複数メンテナンスする時に再度、管理者パスワードを入れなくてはならず、不便であった。
そもそも強制終了すること自体が何となく気分が悪い。そこで一度腰を据えて調べてみると、どうやら、QTの新しいバージョンが原因で、QT7.0.1に戻すと、安定稼働だそうだ。
しかし、それではAppleの新しいバージョンが使えずに本末転倒なので、他の方法を探してみた。DiskWarrior.appの「パッケージの内容を表示」で
Contents > Resources > Complete.aiffを「Alert Complete.aiff」に変えればいいらしい。これで終了音こそ鳴らないが、強制終了せず無事に次のメンテナンスに移れる。
よかったよかった。

最後の警告音鳴らすのでQTを使用していてそこで不具合が起き居たらしい。
症状起きてない人はサウンドエフェクトを切っている人なのかも。

2006年03月06日

●DNAで自分探し

アメリカでDNAを自分探しの手段にしようという試みに熱い視線集まる
アメリカで、これまでの犯罪捜査や医療分野だけではなく、DNAを自分探しの手段にしようという試みに熱い視線が集まっている。
ニューヨーク郊外に住むアフリカ系アメリカ人のハッサン・バイラルさんは、自らのルーツをたどるためにDNA鑑定を受けた。
ハッサンさんは「わたしたちは遠い昔、奴隷としてアフリカ大陸から来たことは知っていても、それがどの国なのかはわからないのです。祖先との失われたきずなを取り戻すためにも、どうしても知りたかったんです」と話した。
検査の費用は590ドル、日本円にしておよそ7万円で、自分の祖先の出身地を調べることができるという。
テストは非常に簡単で、綿棒を口の中に入れ、粘膜をとって研究所に送る。
DNAは人間の設計図といわれ、そこに人体の特徴などの遺伝子情報が書き込まれている。
そして、このDNAを解析することで、祖先の出身地を特定することができるという。
DNA鑑定サービス会社の社長は「この検査は、過去のつらい歴史を振り返るのではなく、事実を前向きにとらえようとするものです」と話す。
検査の結果、ナイジェリアに父方の祖先を持つことがわかったハッサンさんだが、意外なことも明らかになった。
ハッサンさんは「検査結果に父方の祖先はイタリアやドイツ、スペインにさかのぼるとあって、本当にびっくりしたよ」と話した。
科学技術の進歩でより身近になったDNAを利用した自分探し。
移民の国、アメリカならではの新しい動きが広がっている。

DNAの技術もこういう事に使われるとより身近に感じられる。
それだけ、設備が安価になって、一般企業にも利用しやすい価格になったと言うことだろう。移民の国、アメリカでなくても、日本でも太古の昔に日本海で大陸と隔たれる前に、様々なルートを辿ってきた祖先がいる。
日本列島がアジア大陸の東に造られ始めたのは、白亜紀の後期(約7000万年前)といわれている。
その後、約50万年前に日本列島が大陸より別れて形成され、氷河期に海面が下がって(約3万~2万年前)、また、海が凍り、再び陸続きに成っていた時期が有ったされている。
世界の母親は、たった35人とされているが、日本人のルーツ、日本人の祖先は、下記9人の母親が、殆ど(約95%)の起源とされるそうだ。 1 アジア最古(D):
中央アジア(バイカル湖西部周辺)で約6万年前誕生、日本人の34%、長寿・寒さに強い。
体温を逃がさないように、皮膚や瞼が厚く、細目・小太り・胴長体型が多い。
寒さから水分の蒸発を守る皮脂腺が発達した人が多い。
粉耳が多い。
中央アジア・東アジア最大、一部はベーリング海峡を渡って、アメリカ大陸に到達した。 2 原日本人(M7):
東中国(上海・蘇州・南京周辺)で約4万年前誕生、日本人の15%、南方系に適応。
古くから日本に住みついた。
縄文人などのルーツ。
熱を溜めにくい丸みを持つ小柄体型、丸く低い(広い)鼻、湿気の多い所で汗腺が発達した人が多い。
飴耳が多い。
中国南部より、海を渡って、台湾、琉球(沖縄)、北海道、や、インドネシア、フィリピンにまで達した。 3 世界一の冒険者(B):
南中国で約6万年前誕生、日本人の15%、陸路(ベーリング海峡を渡って?)、南アメリカや、海流に乗って、日本や南方は、オセアニアなどの島々、環太平洋に広く分布。 4 北の旅人(G(→Y)):
東シベリアで約3万年前誕生、日本人の7.5%、広く南下し、アイヌ(北海道)、朝鮮半島、中国や中央アジアにも分布。 5 バイカル湖発祥(A):
バイカル湖湖畔域で約2~3万年前誕生、日本人の6%、D型同様、寒冷地に適応し、東アジア(シベリア~中国南部)に広範に達した。
ベーリング海を渡り、北アメリカ先住民の祖先となった。 6 東南アジア最大(F):
北ベトナム・ラオス・中国国境付近周辺で約4~5万年前誕生、日本人の5%、痩せた体型、汗腺が発達した人が多い。
飴耳が多い。
日本には、朝鮮半島を経由し入ってきた。一部は中央アジアにも達した。 7 ヒマラヤ・山岳民(M9):
ヒマラヤの山岳地帯・チベット周辺で約4万年前誕生、日本人の3.4%。
日本には、朝鮮半島を経由し入ってきた。中央・東アジアに分布。 8 長距離冒険者(CZ、M8a):
北東アジアで約3~4万年前誕生、日本人の3.2%。
日本には、朝鮮半島を経由し入ってきた。
シベリアを経由しベーリング海を渡って南アメリカや、西は北欧(サーミ(ラップ)人(氷原の遊牧民))、フィンランドまで達している。 9 中国起源渡来人(N9):
M7型と同じ東中国で約2~3万年前誕生、日本人の7%。
縄文以降の比較的新しい時代に渡来した民族。日本には、朝鮮半島を経由し入ってきた。
粉耳が多い。余談だが、面白いことに、秋田県を中心とする東北の一部に、明らかに白人との混血が多く繁栄してることも知られている。
(元々、欧米人にしか無かったであろう、JCウイルス-ヒト・ポリオーマウイルス(DNAに感染するウイルス)の一種の感染が有ること)。
また、メラニン色素の割合で言っても、"秋田美人"に喩えられる秋田の人の白人のような肌の白さ・色白は、東北の中でも群を抜く結果となっている。
DNAと遺跡の推測によると、縄文期の交易の時代に、白人の遺伝子を運んで来た者が、東北の一部に住み着いて(三内円山か?)、秋田県を中心として白人の子孫が繁栄したと、考えられている。
こういう事の積み重ねが、上記9人の母親で100%の日本人の祖先・日本人のルーツを構成してるってことでもないらしい。
古代交易を考えれば、北方系も居れば南方系も居てもおかしくはないだろう。私はどれに属しているのだろうか?
父方は先祖代々、江戸の人だったし、戦国時代には石神井の豊島氏の殿様に仕えていたという。
母方は九州の方だ。
でも、私の色白さはイギリス白人の女性から「うぁ白い!!」と第一声を浴びせられるほど白い(その時はオマイに言われたくないと思った。)
香港へ行っても、同僚の日本人は観光客としてあちこちから声をかけられていたが、私にはほとんど声がかからなかった。
前記の「オーラ」もあるかもしれないが、恐らく何人にも見えなかったのだろうと思う。ミトコンドリアDNAは、母系に100%遺伝する遺伝子。
これは1万年に1回、環境適合などによって形を変えると言われる。
つまり、ミトコンドリアDNAを調べれば、最初の母親から、どのくらい離れてるかが計算(比較分類)できる。世界の母親が35人と推定できたのは、コンピュータの発達によるものだ。
また、その35人の母親の元の母親は、さらに、アフリカのたった一人の、母親=ミトコンドリア・イブに辿り着くとされる。
早い話、現代人みんな、一人の母親の子孫で、親戚どうしだってことだ。笹川会長の「人類皆、兄弟」も単なる空虚なお題目ではなかったと言うことだろう。

2006年03月05日

●白百合のお嬢 ー その2

前回の紹介通り、水面下の血のにじむような努力により「白百合のお嬢」は8pplでも引率が可能である。
その威力はチートと間違えられるほどである。
しかし、常に向上心を忘れないお嬢はこの程度でご満足されるはずもない。

今 現状に満足していい気になって努力をすること忘れて何も変わらないなんてno no!
同じような日々を過ごしながらヒトは繰り返す毎日の中で変わり続けなければならないんだ!

Caught upより 作詞: Miliyah 作曲: Miliyah

なのである。

そこで「もっと、弓の破壊力を」と考え、裏にデーモンリブを装備してエンチャをかけている。
これで火矢となり、さらにお嬢のご威光倍増なのである。

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悪魔の肋骨で炎をまとうお嬢。見かけによらず、お嬢は火遊びが得意なのである。

最近のお嬢のマイブームは何といっても、連続幼女監禁魔の「韮作」退治であろう。
ハロガス学園にいる「亜煮夜(16)」は「韮作」の被害者である。
「韮作」によって冷たい地下室で身を拘束され、身動きが取れずに苦しい日を何日も過ごした。
それをお嬢が、たまたま発見して解放した過去がある。
しかし、「亜煮夜」はどうしても「韮作」に仕返しがしたいという。
下賤の者と同じくらい、変質者が大嫌いなお嬢は、その涙の訴えに起ち上がった。

とはいえ、「韮作」と言えば監禁魔であるとともに、爆弾を扱う凶悪なテロリストでもある。
気を許して近づくと死体に爆弾を仕掛けられる恐れがある。
いくらお嬢とはいえ、真横で爆破されればひとたまりもない。
そこで、お嬢は自分に良く似せた「空気嫁」を用意して、それでエロリストを釣る事にした。

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お嬢の空気嫁に群がるエロリストの手下ども。白百合親衛隊の「場留」と新しい使用人「鎌田」
注)鎌田の名前が画面上では「ダ~ガ」と読めるかもしれないが、彼はもともとアラブ人なので右から読んで欲しいとのこと。
「カ・~(マ)・タ」と発音する。

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ついに連続幼女監禁魔の韮作を追いつめた! お嬢の怒りの矢が韮作に吸い込まれてゆく。

「韮作」とともに凶悪なエロリスト集団の長老どももお嬢の標的である。
火遊びにはお金がかかるため、このエロジジィどもから資金を調達する狙いもある。

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お嬢の膨らます空気嫁に群がるエロジジィども。お嬢の怒りの矢が炸裂する。

お嬢のエロとの戦いは始まったばかりのなのだ。

●THE PROMISE—無極

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THE PROMISE—無極
解説
伝説の甲冑を身につけることを許された、ただ一人の英雄
HIROYUKI SANADA

この世のすべての男の愛を手に入れる女
CECILIA CHEUNG

天から地上最高の俊足を与えられた奴隷
JANG DONG-GUN

それは、アジアのどこか“未来における3000年前"から現代へ届けられた[約束]。

今こそ、時は来た! 中国が世界に誇る名匠チェン・カイコーが、その持てる総力を結集し、世界へ向けて放つ超大作『PROMISE』。
ハリウッドをも凌ぐほんもののアジアの時代が、いよいよここから始まろうとしている。
無限に広がる宇宙観、天衣無縫のイマジネーション。あり得ないという概念はもう存在しない。計り知れない作品の巨大さは、
かつて万里の長城という途方もない建造物を地球上に築きあげた国の、超世界級の並外れたスケールが物語っている。
アジア的なるものこそが、今の時代に風穴を開ける!

主演は、『ラスト サムライ』の真田広之、『ブラザーフッド』のチャン・ドンゴン、そして香港フィルム・アワード主演女優賞の美姫セシリア・チャン——日本、韓国、香港から人気と実力を兼ね備えた、これ以上ないトップスターたちが集結した。監督は『さらば、わが愛/覇王別姫』でカンヌ映画祭のパルムドールを受賞し、オスカーにもノミネートされた巨匠チェン・カイコー。さらにスタッフは、撮影と美術に『グリーン・デスティニー』のオスカーコンビ、ピーター・パウとティン・イップ。特殊効果に『キル・ビルVol.1』『少林サッカー』を手がけたフランキー・チャン、音楽は『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』のクラウス・バデルト、アクション振付に『スパイダーマン2』『マトリックス』三部作のディオン・ラム。その陣容は、まさに全世界規模の大プロジェクトというにふさわしい。

鮮やかな色彩の映像美も、目を見張るワイヤースタントも、もちろん先例がないわけではない。しかし、その横溢する想像力から繰り出される息をもつかせぬ圧倒的な世界は、もはや誰も超えることはできない。綿密に組み立てられた壮大なストーリー、驚愕に継ぐ驚愕のアクションシーン。アジアのどこか、3000年前の未来から現代へ届けられた絶大なるエネルギーが、いま、世界に向かって解き放たれる!

ストーリー
それは、生きるものすべての運命を照らし出す“無極"を垣間見、その運命に挑戦した3人のものがたり----。

親もなく生きる術を持たない少女(傾城/セシリア・チャン)は、真実の愛と引き換えに、この世のすべての男からの寵愛と、何不自由ない暮らしを約束され、やがて王妃の座に就いた。
天から俊足を与えられ、それ以外は何かを望むことさえ知らず、奴隷として生きてきた男(昆崙/チャン・ドンゴン)は、初めて心から欲するものに出会う。
そして、伝説の花の甲冑を身につけることをこの世でただ一人許された大将軍(光明/真田広之)は、“何かに心が動いたとき涙は流れ、心が動いたとき、その命を落とす"というさだめ----。
それぞれに与えられた約束は、決して変えることのできない運命のはずだった。しかし、三つの約束が絡み合った時、世界はまったく違った展開を見せ始める。
王殺しの大罪を犯して王妃・傾城を救った甲冑の男。彼こそ、傾城の運命を覆し、真実の愛を与えてくれる相手ではないのか?
汚名にまみれた大将軍・光明は、敗北の中にあってなお、百万の勝利に代わる愛の栄光を見出したのではないのか?
そして、ついに人生で初めて自分自身の望みを見つけた奴隷・昆喬は、たったひとつの思いを遂げるため、野性がたぎるその足で時空千里を駆け抜ける----。
運命を超えようとする彼らの前に立ちふさがるのは、北の公爵・無歓(ニコラス・ツェー)が張りめぐらせた執拗なまでの罠。それは、伝説の甲冑も、王妃の愛も、求めるものは何ひとつ策略をもって自らの野望を果たそうとする執念とも言うべき邪悪な意志。彼もまた遠い昔に定められた宿命の囚われ人なのだ----。

あらかじめ描かれた悲劇が避けようもなく近づいてくる。はたして彼らは自らの【約束】を超えることができるのか?スタッフ監督・脚本:チェン・カイコー
製作/“満神"役:チェン・ホン
製作:ハン・サンピン
製作:エルンスト・“エッチー"・ストロー/ムーンストーン・エンターテイメント
撮影:ピーター・パウ
美術:ティン・イップ
特殊視覚効果(VFX)スーパーバイザー:フランキー・チャン/セントロ・デジタル・ピクチャーズ
音楽:クラウス・バデルト
アクション振付:ウェイ・トン
ディオン・ラムキャストチャン・ドンゴン
真田広之
セシリア・チャン
ニコラス・ツェー
チェン・ホン

たぶんこの映画については評価が2分に分かれることだろう。
磊磊落落な物語の展開に何の意味を見いだせない人が居ても不思議ではないし、日本・中国・韓国の一流のスタッフが作り上げた映画として重要と見る向きもあるだろう。
私自身は、もともと中国映画に余り深い意味などと言う物を最初から期待せずに流しながら観ていたので、場面場面のシーンの綺麗さとか、アクションのおもしろさとかそれだけでも楽しめた。
せっかくこれだけのスタッフを用意したのだからもっと良いものが出来たはずとも言えるが、それでも「宇宙戦争」に比べれば遙かにマシだと思う。とはいえ、私自身は昔のジャッキーカンフーの時代ならまだしも最近の中華映画はちょっと敬遠気味だった。
若いうちは気にならないのだが、この歳になると中華映画のコッテリ感が何とも胃がもたれ気味で、途中までで観るのを諦めてしまうところがある。
しかし、この映画に関しては真田広之という和風のあっさりテーストが加わっているためか、普段食べ慣れている和食と違和感なく楽しめるあっさり中華のようで最後まで観ることが出来た。
真田広之も中国語で台詞を話しているが違和感なくすんなりとけ込んでいたように思う。
この辺は中国語のネイティブスピーカーに言わせればもっとシビアな評価がなされそうだが、撮影前に100名の中国人に目隠しをさせて真田と他の中国人の台詞のやり取りを聞かせて、問題なしと言うことで出演が決まったそうだからひとえに真田広之の努力の賜だろう。
アクションも往年の「里見八犬伝」の頃から比べても、ワイヤー&CG技術でそれ以上の素早く激しい動きを見せてくれる。
あのころから比べればもちろん年を取った感は否めないが、その分、演技に深みが出てきて、独特の色気も未だに健在だ。
ただ、さすがに、ヒーローの役は難しく、若いヒーロー&ヒロインを温かく見守る役柄になったことは感慨深いところである。まぁ日本・中国・韓国が協力したアジア映画でも昔のカンフーと違い、これくらいのクオリティのものが出せますよ的なサンプル映画としては良いのだろうか。
ただし、アジア映画のクオリティとしてはすでに「HERO-英雄 」があり、こちらの方が遙かに格調高いので、この映画で新たに目を見張ると言うほどでもない。

2006年03月04日

●ミリオンズ

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解説
「トレインスポッティング」「28日後...」のダニー・ボイル監督が、“自分の子どもたちに堂々と観せられる映画を"と撮り上げた、優しさ溢れるファンタジー・ドラマ。ある日突然大金を拾った幼い兄弟が、その使い道に頭を悩ませる姿をスタイリッシュな映像を用いつつほのぼのとしたタッチで綴る。
キリスト教マニアの信心深い8歳の男の子ダミアンと10歳になる現実主義者の兄アンソニー。ママを亡くしたばかりの2人は、パパとともに郊外の街へと引っ越しをする。そんなある日、秘密基地で遊んでいたダミアンの目の前に、大きなバッグが降ってきた。中身はなんと22万ポンドの札束。折しもイギリスではユーロへの切り替えを控え、ポンド紙幣も12日後には紙クズになってしまう。アンソニーは大人には内緒にして自分たちで使い切ろうと言い出し、さっそく欲しかった物を買いまくる。一方、神様からの贈り物と信じるダミアンは、貧しい人に分け与えようと考えるのだが…。

上映時間98 分製作国イギリス/アメリカ公開情報アスミック・エース初公開年月2005/11/05ジャンルコメディ/ドラマ/犯罪

監督: ダニー・ボイル Danny Boyle
製作: グレアム・ブロードベント Graham Broadbent
アンドリュー・ハウプトマン Andrew Hauptman
ダミアン・ジョーンズ Damian Jones
製作総指揮: フランソワ・イヴェルネル Francois Ivernel
キャメロン・マクラッケン Cameron McCracken
ダンカン・リード Duncan Reid
デヴィッド・M・トンプソン David M. Thompson
脚本: フランク・コットレル・ボイス Frank Cottrell Boyce
撮影: アンソニー・ドッド・マントル Anthony Dod Mantle
美術: マーク・ティルデスリー Mark Tildesley
衣装: スザンナ・バクストン Susannah Buxton
編集: クリス・ギル Chris Gill
音楽: ジョン・マーフィ John Murphy

出演: アレックス・エテル Alex Etel ダミアン
ルイス・オーウェン・マクギボン Lewis Owen McGibbon アンソニー
ジェームズ・ネスビット James Nesbitt ロニー
デイジー・ドノヴァン Daisy Donovan ドロシー
クリストファー・フルフォード Christopher Fulford 貧しい男

監督自身が自分の子供に堂々と見せられる映画として制作したと言うだけあって、物語の趣旨が堂々と唄い上がられている。
一種現実を皮肉る場面も見受けられるが、あくまでも主体は子供の視点からの物語の流れで、それが映画にある種のすがすがしさを与えているように思う。
色彩も子供の視点のような原色に近い鮮やかさで、それが良くヨーロッパの風景と合って明るい雰囲気を出していた。

子供が主演という映画では最近ではハリポタやらナルニア国物語等があるが、どうも視点に大人のにほいがつきまとい、別に子供を主役にしなくても良いのでは?と思えてしまう。
しかし、この映画ではそういうことはない。
子供の視点、子供の判断である種、純粋な妄想?も織り交ぜながら、それでも最後はしたたかに楽しく終わる。
その辺のバランス感覚がまた絶妙なのだ。
さすがに全部は問題だけど、これくらいならという何となく許せる範囲っていうのがほほえましい。

私も子供の頃、「もし、100万円を手に入れたら」との想像をしてみるとことはあったが、母親に尋ねられたときには「1万円だけもらって、あとはお母さんにあげる」と話したという。
まぁ子供がお金を使うと言ったらその程度で十分に夢が叶い間に合うものなのだろう。
それに対して母親は「大人になったら、きっとそういうことは言わなくなるよ」と、けっこう冷めた意見だった。
それでも、もし大金が入ったら半分くらいはあげようという気持ちはあるのだけど....。

2006年03月03日

●24 TWENTY FOUR Season5 第10話

前シーズンから大統領に就任しているローガン。
いわば、棚ぼた式に就任しちゃって、こりゃ、長期政権は出来ないだろうと思っていたら、そこは「現実と同様」、大方の予想に反してしつこく就任している。
シーズン1~シーズン4までは黒人大統領デイビット・パーマ(途中から元大統領)のカリスマ的指導力で強いアメリカが描かれていたが、このローガンはそうではない。
まぁあの優柔不断さがまた、昨今のアメリカを象徴するようで興味深い。
今回は露大統領へのパレード襲撃への対応に解決の手段が見いだせずに、合理主義で理論派の嫌がるマイクを誘って、祈る姿が妙に笑えた。

今回初めて登場するジャックの昔の上司、ヘンダーソン。
侵入するジャックの裏をかく一枚上手の役柄だが、この人は ピーター・ウェラー さんじゃないかな
昔のロボコップの頃からくべると歳を感じさせるけど、スッとした姿勢と体格の良さは今でも健在だ。

こんな人が出てくるくらいだから、こりゃ、この先もキーマンになりそうだと予想していた。
ちょうど、シーズン4で美味しいところで現れて、ジャックを助けるトニーの役所どころか、もしくは、テロに深く関わってジャックの好敵手になるかその辺だろうと思っていたら、すぐに素性がばれたw
しかし展開が早いなぁ
次週まで、伸ばしてハラハラさせるっていう展開はないのかしら?
なんかもぉ、手品をやるそばからネタを開かす感じで、その過ぎたサービス精神が有り難いやら、口惜しいやら・・・。

2006年03月02日

●つまらん夢。

昨夜は早めに休んだ。
で、変な夢を見た。
外へ出るとガーデンテーブルでブッシュがマクドナルドのハンバーガーを食べていた。
とてもおいしそうに見えたので「おいしいか?」と尋ねると
ブッシュは「とてもデリーシャスだよ」と答えた。
ガッツりとしたものが食べたかったので
「ダブルチーズバーガーが食べたいんだけど、腹がもたれそうなんだよねぇ」と話すと
「問題ない。是非お奨めするよ」とブッシュ。

それで、店に入ってダブルチーズバーガーを注文しようと、単品の値段を聞いたら500円だと言われて「そりゃ高いだろう」と思った時点で目が覚めた。
そろそろ身体がガッツりしたお肉料理を求めているのだろうと思う。

夢の中に出てきたブッシュは気さくで結構いいヤツに思えた。
それにしてもつまらん夢だなぁ。

●ゼンマイ仕掛けのコンピューターその2

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先日のエントリーでかいた、「ゼンマイ仕掛けのコンピュータ」の100ドルPCのつづき。

現在、日本でも「小学校で教育のために使われている」コンピューターは、総数で73万4083台といわれる。
これを小学校の生徒一人あたりに直すと、9.6人に1台でしかない。
(文部科学省発表「学校における教育の情報化の実態等に関する調査(中間調査)結果」より)
小学生にPCは必要ないのではなどという考え方をする人もいるらしいが、以前から私は環境によって子供の可能性が広がることを訴え続けてきたが、その大人がPCが使えず、よって必要としないからといって必ずしもその価値観を子供に押しつけるのは大きな誤りであると思う。
すでにPCは文房具レベルの認識であり、生活していく上で必要不可欠な物になりつつある。
百歩譲って無くても生活できるとしよう。
でも、PCがあることによって、子供の可能性が大きく広がるとしたらこれは利用しない方がおかしいと思う。

先進国と言われる日本ですらこの状況なのだが、これが世界ともなると自体はもっと深刻だ。
正直に言って世界規模で考えてゆくと私の理解も想像も遙かに超えている。
そこには様々な諸問題があるのだろう。
ただ、ネットの普及によって各国の一般の人(政府の人ではない)が現実を少しでも知って、お互いの理解を深めて何らかの歩み寄りの手助けになればと思う。
無知ゆえに自分以外の苦しい環境を知らずに派手に消費生活をのうのうと送っていられるのも現実だし、また、無知ゆえに犯罪に手を染めてしまうのも現実だと思うからだ。

以前のエントリにかいたMIT Media Labの100ドルPCについては、一昨日、CNETに「100ドルPCとライバルたち--軍配はどれに上がる? 」との記事が載っていた。

やはり問題はコストと通信機能の実行能力にあるようだ。
ただし、この記事にはNicholas Negroponteの「100ドルPC」に対する短所として

PCに搭載されるプロセッサは動作速度が500MHzで、またストレージも500Mバイトのフラッシュメモリしかない(ハードディスクは非搭載)。さらに、広く普及しているアプリケーションも付かない。

とあるが、これは必ずしも問題にならないのではないかと思う。

1989年当時、私の使ってた「Macintosh Plus 」は チップがMC68000プロセッサのわずか8Mhzだったし、HDDの容量も40Mb(ギガバイトではない)画面もモノクロの512×342pixelだった。
メモリも最大に積んでも4Mb(しつこいようだが4ギガではない) こんな非力なマシンでも十分にインスパイアーされて、様々なこと学ばせてくれた。

このマシンでキーボードのブラインドタッチも習得したし、ワープロはもちろん、Excelのスプレッドシートもこれで学習した。4thDimensionでリレーショナルデーターベースさえも作った。ドローイングソフトで複雑な図形も作成したし、PageMakerで組み版の印刷物も制作した。テトリスやSimCityも遊んだ。
もちろん、Macの初期のソフトなんて大した数はなかった。
それでも、全てを入手できるわけもなく、手に入れた数少ない物を、骨をしゃぶり尽くすようにいじり倒した。

要は「何も無い」という状態から「コンピュータがある」という状態になったその差は歴然としていた。

これは"The Wall Street Jounal"1980.8.18 のインタビュー記事なのだが、ジョブズが「人間の頭脳を拡張する21世紀の知的自転車」と表現して、PCとは何かという質問に対して答えた以下のやり取りがある。

Q.) パーソナルコンピュータとは何でしょうか。

A.) それについては、自転車とコンドルとのアナロジーで答えたい。数年前に。僕は「サイエンティフィック・アメリカン」と思いますが、人間を含めた地上のさまざまな動物の種の、運動の効率に関する研究を読みました。その研究はA地点からB地点へ最小限のエネルギーを用いて移動する時に、どの種が一番効率が良いか、結論を出したのです。結果はコンドルが最高だった。人間は下から数えて3分の1のところにいて、あまり印象に残っていません。
しかし、人間が自転車を利用した場合を、ある人が考察しました。その結果、人間はコンドルの倍の効率を見せました。つまり、自転車を発明した時、人間は本来持っている歩くという肉体的な機能を拡大する道具を作り出したといえるのです。
それゆえ、僕はパーソナルコンピュータと自転車とを比較したいのです。なぜなら、それは、人間が生れながら持つ精神的なもの、つまり知性の一部を拡大する道具だからです。個人のレベルでの生産性を高めるための特別な'関係が、人間とコンピュータの関わりの中で生まれるのです。
ほとんどの人々は、まだ、パーソナルコンピュータの存在すら認識していません。この業界の挑戦は人々にパーソナルコンピュータを学んでもらう手助けをするだけでなく、パーソナルコンピュータを使いやすくして、ここ10年の間に自転車と同じくらいに人間の精神の拡張であるパーソナルコンピュータを社会に普及させようとするものです。

もう一度この精神に戻って、先進国の需要で物を推し量るのではなくて、まず何もないという現実から広く多くの人にPCを普及させること目標とした方がよいのではないかと思うのである。
先進国の様々な思惑で、足並みが揃わずに実現が遅れて、子供のせっかくの可能性に歯止めがかかるとしたら、そちらの方が問題だと思う。
欲を言えば果てしのないものだが、今、自分にとって本当に必要なスペックとは?と考えるときに必ずし高スペックでなくとも良いと気付かされる。

一方、せっかく教育のために配ってもそれが生かされる前に食べるために転売される恐れもある。

あの100ドルノートPCが2006年後半に登場へ - CNET Japan
もう1つの不安は、毎日の生活にも不自由する家庭の児童に無償で渡したラップトップが、その後どうなるかという点だ。たとえば、ナイジェリア人の平均年収は1000ドルであるため、金に困った家庭が付与されたノートPCを処分するといった懸念がある。

Negroponteは「とにかく絶対に流通市場を作らせないことだ」とし、そのための解決策の1つとして、「数日間ネットワークに接続しないとマシンが機能しなくなる」ような仕組みが考えられると説明した。

この問題についてはこのCMなどを見ると切実な現実が伝わってくる。
それくらい地域によっては貧困問題の方が優先される現実がある。
よって教育という高い理想を掲げながらもこの問題は避けて通れない。
結局は両方から進めていかなければいけないのだろう。

2006年03月01日

●礼は誠に虚器に非(あら)ざるなり

今日から3月。
以前のエントリーにも書いたが、私は1年を2つに割って2年分過ごすことにしているので、一年の1/3が過ぎたことになる。
早いものである。
3月と言えば卒業の季節。
これには私自身には苦い思い出がある。

高校時代、この時期は受験で忙しく、大学の二次、三次の実技試験の対応に追われて、ついつい卒業式を欠席してしまった。
たぶん、出席しようと思えば出来たと思うのだが、自分自身の高校があまり好きでなかったこともあり、やっと解放されるという安堵感からか、軽く考えていたのだと思う。
しかし、これは大きな間違いであった。

現在も時々、高校の夢を見る。
決まって単位が危なくて今年は卒業できるかどうか、心配している夢だ。
それが当時の夢ならばいいのだが、この年になってまだ卒業を心配している夢なのだ。
もちろん、実際にはちゃんと単位も取って書面上では卒業したことになっている。探せば卒業証書だって出てくるだろう。
しかし、魂の上ではちゃんと卒業がなされていないらしい。
それで、教科書が見つからなかったり、体育着を忘れていたり、色々と悩ましい夢を見る。
ちゃんと式に出なかったと言うことで魂にケジメがつかずに、なにやら呪われ続けている印象である。

戦中の混乱期で卒業式に出席できなかったとか、マラソンでゴールを切れなかったなどを数十年ぶりに実現したというニュースをよく耳にするが、その気持ちが痛いほど解る気がする。
もしかしたら、その人達も夜な夜な自分のケジメのつかない魂の行き所に債悩まされていたのではないかとも想像する。
だから、もし、自分に子供ができて、入学式・卒業式等の行事に対して意味を見いだせず、不参加の意志を示すときは、あえてこの事だけはしっかり伝えられると思う。

「礼は誠に虚器に非(あら)ざるなり」とは、明治の軍人、谷千城(たにたてき)がその手記「隈山詒謀略」に書いた言葉で、こういった儀式事は何でもそれなりの意味があり、無駄ではないという意味である。