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2013年10月17日

●IME「かわせみ」

 思いつきでMacOSXのIMEをATOKから「かわせみ」に変えてみた。

 実はATOKについては以前から機能過多、メモリ食いで動作がいささか重いのが気になっていた。

 IMEは文書記述はもちろんのこと、日本語環境での作業効率に大きく影響するので単に変換効率が良ければいいというものではない。
  一番の気に入らない点はテンキーなしのキーボードでは半角数字が直接入力できないことである。

 このため、Adobe製品で編集する際にパラメータ設定を数値入力する場合、いちいち英数モードに替える面倒があって作業効率が著しく劣った。
 ただ、ただパラメータの数値を純粋に入力したいだけなのに、年月日や郵便番号の変換候補が表示したり数字の後に「。」など来るはずもないのに、小数点を入力するところを「。」を付けたり、またそれらを回避するような設定もなく、その割には、バージョンアップの度にお仕着せがましい新たな有り難迷惑な機能を追加したくるといったこちらのニーズとのズレが著しくなってきた。

 聞けば「かわせみ」は、かつてエルゴソフトで開発していたEGBrigeの変換エンジンを使用しているのだという。

 EGBrigeのAI変換は昔は変換効率が悪くてとても使えないイメージだったが、最近では「ことえり」ですら変換効率に不足はなく、「かわせみ」も今使ってみて酷い変換をする感じはしない。
 また個人的なことだが、EGBrigeの開発に関わっていたこともあり、少なからず思い入れがある。

 だが、もろ手を上げて良いというわけではない。たとえば手書き入力が無いため、どうしても読みのわからない漢字の入力および読みが調べられない。  

 そんな多少の不満を払拭するほど「かわせみ」の動作は軽くてキビキビしている。

 変換中のキーアサインによる変換箇所の移動や確定等もATOKをしっかりとシミュレートしてあり、非常にスムーズである。
 今のところ試用期間中だが、実際に使うとなると1,995円になる。開発者も知らない仲ではないし、昔から比べればソフトも安くなったので、購入してもいいと思う。

●モローとルオー

 昨日、 パナソニック 汐留ミュージアムにて開催されている「モローとルオー」の展覧会へ行ってきた。
 新橋駅から徒歩5分くらい。バカでかい電通ビルの近くである。
 パナソニックの社ビルの一部を使っているらしく、展示会場外のフロアの撮影でも注意された。
 別に作品を撮るわけでもなく鑑賞した記念に展示会看板を含む入り口付近を撮りたかっただけなのに、どうも大手の企業は高飛車でいけない。

 フロアでは今展示会の志向に添った14分程度のビデオが上映されていた。
 判りやすいビデオで展覧会を鑑賞する前知識として十分な内容だった。

 さて、ひさしぶりにモローの絵を直に見られると期待していたのだが、モロー美術館からの展示品はどれもいまいちな内容だった。

一言で言うと大味な作品ばかりが来た感触である。
素描の中にモローらしい繊細で緻密な表現がみられるものの、油彩の大作は抽象表現を模索していた物が多く、モローを観る上ではいささか偏った印象。

 全体の中で目を引いた作品は岐阜美術館から借りた物モローの小作品とパナソニック美術館で所蔵するルオーの大作ぐらいである。

 これでは所蔵作品をお披露目する目的で海外の安くレンタルできる作品を揃えただけなんじゃないかと疑ってみたくもなる。それほどルオーの大作とその他のショボさの差はは目を見張るものだった。

2013年10月08日

●散歩は身軽な装備で晴れがましく

 散歩にふさわしい格好があると思う。

 服装の方は、散歩に赴く場所によってさまざまだが、基本は気候に合った身軽で動きやすいことである。
 あちこち行きたいと想像する時には思念の中での行動なので身軽である。ただ現実にはそうはいかない。

 色々と煩わしい条件(我が身の重さも含め)が付きまとい、思念上で自由に動き回っていたイメージとあまりに違う現実の事象が積み重なり、挙げ句には徒労だけが残る場合も往々にして起こる。

 これをいかにイメージに近い物にできるかが散歩の大事なポイントである。

 疲れにくく、動きやすく、軽装に。

 荷物は少ないほど良い。できれば身一つで動ければ理想だけど、汗を掻けばそれをぬぐう物、鼻をかむ紙、メモを取りの道具、カメラ、電話等々、条件を想定してゆくにつれ、どうしても荷物は多く重装備になる。

 そこを引力にとらわれている現実を勘案して、いかに適切な所にまで持って行けるかが散歩の達人のキモである。

 靴は軽いだけでなく、堅い路面からの反発を吸収して身体への負担を軽減してくれる物がよい。

 服装は快適さと晴れがましさのバランス。
 トレッキング装備などは歩く上でよく考えられた快適な服装であるが、銀座などのおしゃれな街歩きにはいささか不釣り合いで、おしゃれな店に入るにもちょっと躊躇してしまうことがある。

 これは晴れがましさというメンタルな問題なので、散歩に赴く場所によって疲れ難さや快適さのみを追求だけでなく周囲からの見た目や環境に適した選択が求められるだろう。

 また、記録とその場を愉しむ相反する行為
 私たちはそれこそ幼年期の頃から行動することに対して研鑚を求められていたように思う。つまり、学校でどこかへ非日常的な場所へゆけば、後日感想や学んだことの提出を求められる。 そこには研修という考えが付いていて、ぼぉーと遊びに行くだけでは済まないという
 その意味でどこかへ行けば記録として写真を撮り、観たことの感想なり学んだことを記録として留めることをしたがるのである。

2013年10月07日

●GR-Digital両吊りストラップ装着

 これまでGR-Digitalでは撮影体制に入るまでのアクセスに不満があった。

 本体は小さく携帯しやすいが、ポケットに入れるには精密機器だけに心配があり、かといってカバンの中では出し入れが面倒である。

 特に撮影スポット周辺を移動する時にサッと構えられないことにストレスを感じていた。

 一番最初のGR-Digitalを購入検討する際に、知人から短期間カメラを借りた時に両吊りのストラップが付いていてそれがとても使いやすく、いつかは付けようと思いながら、今日までそのままできてしまった。

 最近、簡単な撮影はもっぱらレスポンスの良さからiPhone5になってしまっている。

 これでもまぁまぁよく写るし、撮ったまま写りの確認や加工、Facebook等にアップできる利便性に楽を覚えてしまっている。

 ただ、写真を趣味でやっていた人間として、果たしてこれで良いのか、またより良く移せる機材があるのにそれを使わないのはどうか?等々考えることがあり、ならばGR-Digital3の撮影時のレスポンスを上げる工夫が必要だと思った次第。

 併せて、元来、機材を大切に扱うあまり、十分に使うことなく、綺麗な状態のまま時代遅れを迎えることは却って宝の持ち腐れであると反省したからである。

 両吊りストラップ自体はコンパクト用のものは数が少ない。見かけを重視して本革製も考えたが、値段が倍になるため、ここは実用性重視でGR純正のナイロンストラップにした。

 これは肩や首に当たる部分が少し太くなっていて、そこにGR-Digitalのロゴが刺繍され、裏には滑りにくい素材が裏打ちされている。

 昨日の新橋への美術館巡りで本格的に使用してみたが、なかなか好調であった。
 撮りたいなぁと思ったときの次の行動にスムーズに流れるように移すことができる。

 そして、やはり専用機で撮った画像はひと味違うのである。
 特にRAWで撮って、現像ソフトで作業していると「あぁやっぱり写真が好きなんだな」としみじみ実感する。

 もっとも、新橋もその後に訪れた銀座でも、カメラを向けたいと思える場所の多くは撮影禁止であり、カメラを吊り下げていることで、いらぬ警戒心を起こさせてしまうという副作用もあった。

2013年10月01日

●七人の侍

  ここのところ、昔の名画を家内と一緒に観ている。
  実は家内は黒澤映画を含むほとんどの名画というものを観ていなかったようである。
  そのくせ、これは観ていないだろうなというマイナーな映画をちゃっかり観ていたりするので侮れない。

  それで日本人なら黒澤映画の「七人の侍」ぐらいは観ておくべきだろうと先日と昨日の2回に分けて鑑賞した。
  もし海外の人と会話の中で「世界のクロサワ」の話題が上がった時に代表作くらい見ていなければ母国人としていささか恥ずかしいと思うのだ。

  昔のモノクロ画像で音声も良くないけど、訴えたい心はしっかりと伝わる。

 名作ならではで名シーンや名台詞も多い。

「人を守ってこそ自分を守れる・・・己のことばかり考えるやつは、己をも滅ぼすやつだ!」(勘兵衛)

 この台詞のシーンを初めて観た時に涙が出て止まらなかった。

 昔の映画は時間が長い 途中で休憩がはいる。

 また、名作だけにその後に語られる逸話も多く、作品中の引用元も興味深い。

 前述「本朝武芸小伝」の塚原卜伝のエピソードから引用されているという。

 
・・・勘兵衛の参謀ともいうべき五郎兵衛は 不意打ちを試される。勝四郎が入口に隠れ、入って来る五郎兵衛に木刀で襲いかかろうとするが、彼はそれを察知、有名な「ご冗談を」と見抜く。これは塚原卜 伝の事跡にあり、自分の家督を三人の子に譲るとき、木枕を自分の部屋の暖簾の上に置いて、暖簾をはねると頭の上に落ちる仕掛けをしてから息子たちを呼ん だ。すると嫡子は「見越しの術」でこれを見つけ、枕を取り除いてから部屋に入った。次男、三男はそれを見抜けず、とっさに身をかわしたり、抜刀して宙で 切ったりした。卜伝は事前に見抜いた嫡子に家督を譲ったという話である。
(都築政昭著 黒澤明と『七人の侍』”映画の中の映画”誕生ドキュメント より)




・・・七人の侍が村へ乗り込むでしよう、す ると村人が全部戸を閉めてしまつて、白眼でじつとみてる。本当だつたら、ここで侍は怒つて帰つてしまうところなんだ、気位も捨てて折角来てやったのにその 反抗的な態度は何か、と言つてね。それならどうして侍を引きとめるか。さあそれを考え出すとわからない。もう本は一歩も前へ書き進めないのです。(中略)は じめ、侍のうち三船君のやる役は久蔵だったんだ。武術一点張りの男でね、ふだんは黙つているが、いざ合戦となるとものも言わず強さをみせる…。だが、今言 つた個所あたりでグッと筆が詰つてしまつた時、僕達は、こりや何かが書き足りなかつたんじゃないか、ということに気がついた。何だろう?カードは一応揃つ ているように見える。エースもあれば、キング、クイン、ジャック、皆あるような気がする。(中略)その時判つたんだ、これはジョーカーがなかつたんだ、と。ジョーカーで侍と百姓を繋がなくてはいけなかつたんだ。三船君はそれになるべきだつたのだ-菊千代という人物はこうして生れたんです。
(映画の友1953年12月号「黒澤明大いに語る-『七人の侍』の構想と演出」より)

●選択と集中

一昔前のビジネス書でよく言われていたことだけど、これは今でも通じる。
要は時代が変わってドンブリ勘定では運用できなくなり、そこに生き残りを賭けた選択を迫られている現状なのだと思う。


これは一見、厳しいように見えるが、実はそうではない。
自身何度も経験してきたことだが、周りの情勢に合わせて変化を迫られて”しかたなく”身の回りの整理整頓をすることで却ってその後の方向性の修正に大いに役立っていたことに後から気付くことがある。


例えば、人の体で言えば肥満になり、そのままの生活習慣ではその後の人生を健康的に送っていくのに危険であるにもかかわらず、自らの意志ではなかなか習慣を変えられない時に、外的要因で”しかたなく”変わることを余儀なくされ、それで肥満が解消されて、俊敏に動けより充実した健康的な生活を送れるようになるようなもので、これは大きく観れば有り難いことではないかと思うのである。

●MacOS 10.6 SnowLeopardに戻す

家内の会社に預けてあるiMac2004インチが、OSをMacOS10.7Lionにしてあったため、動作が遅く実用に耐えないので、この機会にSnowLeopardに戻した。

内蔵HDDには2TBを入れていて、半分くらいは使っている。
まずはそのバックアップのために新規で外付けHDDを購入した。

最近で電源を必要とする3.5インチの外付けは避けて、USBで電源を得られる2.5インチのポータブルタイプを好んでいる。
編集室で2台導入して、好調なバッファローの1TBポータブルタイプにした。

それに内蔵2TBにある、今までの音楽ファイルや動画ファイルが主なデータをバックアップ。両方合わせて700GBくらいのバックアップに要する時間は約6時間だった。

そのほか書類フォルダにあるものなどをバックアップして、ようやく内蔵HDDをフォーマットできる状態にできたのは翌日だった。

いざOSのDVDから起動させようとすると、内蔵DVDドライバの読み込みの調子が悪い。
何度かトライして諦めかけて、思いつきで以前にもらったUSB接続の外付けDVDドライバを使ってみた。

これが見事に起動ドライバとして機能してくれて、無事にSnowLeopardにダウングレードが完了した。

スッキリ戻してみると、Lionの頃とは比べものにならないくらいレスポンス良く動作する。
やはり、そのハードにあった最適なOSで運用する事が大事だと改めて実感した次第。